無味無臭
「さ、行きましょう。時間、大丈夫ですか」
ようやく戻ってきた周防は、これまでになくすっきりとした表情を浮かべていた。どれだけ溜めていたかは知らないが、腹の中のものを全部出し切って、爽快感に包まれているようだ。
先様のご厚意で、時間が少しずれたことを教えてやる。さすがにこれには、彼女も申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「もう、大丈夫なのか」
「全然、大丈夫です」
俺は思わずため息をつく。上司との同行で緊張するのはわからなくはないが、これだけ上席を待たせると言うのは、俺の中でありえないことといえる。なにより、俺の顔を見て便意を催すなんぞは、失礼の極みと言える。とはいえ、限界を超えて我慢をしている姿を見るのは忍びないし、最悪、客先で粗相なんぞをやらかされては、俺のサラリーマン人生自体が終わる。結局、体調を整えなさいという、ありきたりの注意をするしか手はなかった。
「打ち合わせに入るともう、お手洗いはいけないから、今のうちに行ってくるといい」
そう皮肉を言ってみるが、彼女は、もう大丈夫ですと言い、約束までどのくらいあります? コーヒー飲む時間はあります、などと聞いてくる始末だ。緊張感というのが、まるでない。
「あのなぁ。先様のご厚意とはいえ、遅れているのは俺たちなんだ。コーヒーなんざ飲んでいる時間はないに決まっているだろう。ウンコばっかりしやがって。会議室ウンコ臭くなるだろうが」
俺の言葉に、周防は顔を真っ赤にして反論した。
「仕方がないじゃないですか! お腹痛いんだから! 別に臭くないですよ! 私のは、無味無臭です!」
「無味無臭?」
「無味無臭です」
「あらぁ。アナタ、お若いのにずいぶんとハードなプレイをご経験なんですね~。そうですか……無味無臭ですか。私、この年になりますけれど、お味の方は、経験ございませんわぁ」
「課長」
「何でしょう」
「それ、セクハラですから! 最低ですね! どうしてそんな気持ちの悪い考えになるんですか? 気持ち悪い。気持ち悪いよ!」
「バカヤロウ、オメーの言葉に対して言っているんだ。つまらねぇことを言いやがって。行くぞ」
そう言って俺は外に出た。周防は渋々と言った雰囲気で、俺の後をついてきた……。




