松山珍道中④
タクシーから運転手が足早に降りてきて、トランクを開ける。周防は何のためらいもなく、自分のキャリーバックを運転手に渡した。彼はそれを大切そうに仕舞う。そうしておいて、後ろに控えていた俺に笑顔で手を差し出した。
周防はいの一番に後部座席に座り、奥に詰めた。そのあとから俺はタクシーに乗り込む。
「ああ~マジ、助かったよ~。あんなところで待つなんて地獄だよ~」
「周防」
「何ですか」
「タクシーにおける上座・下座は知っているか」
「そんなもったいのある言い方するってことは、間違っていると言いたいわけですか?」
「俺の場合はいいが、ほかの人の場合にやらかすと、怒られることになる。気を付けろ」
「ややこしいんですよね」
……まるで他人事だなと思いつつ、俺は言葉を続ける。
「今お前が座っている場所が、上座だ。運転手さんの後ろが上座。その次が俺が座っている場所。その次が、助手席だ。俺は基本的に、社長や部長とタクシーで移動するときには、助手席に座ることにしている」
「じゃあ、今から車を止めて、席を替われって言うことですか?」
そんなことは言っとらんだろう。そう思いつつ俺は静かに首を左右に振る。そんな会話を交わしていると、車は俺たちが宿泊するホテルの近くまでやって来ていた。
翌朝、ホテルで朝食を済ませると、そのままチェックアウトをして、客先に向かう。キャリーバッグは邪魔なので、いったんホテルに預かってもらう。
大街道という、その名に違わぬ長い商店街のある所に訪問先はあった。一年間お世話になったお礼と、来年もよろしくとご挨拶をして、その場を辞す。近くにある取引先にもご挨拶をし、ホテルに戻ってそのまま荷物を引き取って松山駅まで移動し、食事を摂る。
少し洒落たカフェ形式のレストランでランチセットを頼む。窓からは路面電車が静かに行きかっている。城があり、海があり、町がある。俺はこの松山という土地が大好きだ。
食事をしながら周防に、松山の企業と取引がつながった経緯を話す。あ、コイツ聞いてねぇな。
これ以上話をしても無駄だなと思った俺は、話題を変える。
「そういえば松山には、夏目漱石が英語教師として赴任していたんだ。知っているだろう?」
ええ知っています。『坊ちゃん』のモデルになったんですよね、くらいの反応があるかと思いきや、周防は、
「前期三部作が、『三四郎』、『それから』、『門』。後期三部作が『彼岸過ぎまで』、『行人』、『こころ』ですよね。でも、これ受験には出ないですよね。センターで出るかも、ですけれど、まあ出ないですよね」
「つまんねぇな、オメーは」
「何がですか!」
「そろそろ受験の知識から脱却した方がいいぞ。どちらかと言えば、世の大人たちは、小説、文化、歴史という内容に共感する。例えば、さっき訪問した会社のあった場所は「大街道」という地名だった。どうしてあそこがああいう名前になったのか……。そういうことを喋れると、オジサマ、オバサマたちとの会話はしやすくなるぞ」
……周防は憮然とした表情のまま、サラダを口の中に描き込んでいた。




