松山珍道中②
羽田発の飛行機は、なかなか飛ばない。経験のある方はわかると思うが、羽田空港は離陸する滑走路までかなりの距離があるために、搭乗口から動き出したとしても、実際飛ぶまでに三十分近くかかることもザラなのだ。
隣に座る周防は、ただでさえお腹がゆるい。この間にもよおしても、手洗いを使うことはできない。そうならないように祈るのみだが、実は今の俺は手洗いに行きたかったりする。ここは、根性で耐えるしかない。
遅延が発生しているので、離陸するまでに相当の時間がかかるのではと思ったが、意外に早くに離陸してくれた。いろんな意味でホッとする。
「課長」
「なんだ」
「もし、松山行きの飛行機が乗れなかった場合は、どうするんですか?」
「しゃーねーだろう。チケット払い戻して、明日の朝イチの便で飛ぶしかないだろう」
「確か課長、車、伊丹空港に留めてましたよね」
「そうだよ」
「松山行き乗れなかったら、私、家まで送ってもらえませんか」
「……俺の家と方向が逆ですが」
「同じ西の方向でしょう?」
「そらそうだけれど、住んでいる場所が全く違うだろうが」
お前の日本地図はどないなってんねん、という言葉を飲み込む。周防は憮然とした表情を浮かべている。きっと、夜遅いので襲われる可能性がとか何とか思っているだろうが、たぶん、おそらく、きっと、襲われることはないだろう。
羽田から伊丹となると、小一時間のフライトだ。何とか乗り継ぎまでに間に合えばいいなと思いながら、気づけば俺は眠りに落ちていた。
最終の着陸態勢に入りましたと言うアナウンスで目覚める。窓からは大阪梅田の夜景が広がっている。ああ、家に帰りたいな。
着陸して時間を見ると、松山行きのフライトまであと十五分あった。よかった、間に合った。
松山行きのゲートが少し離れていて、少し速足で向かう。それでも、フライト時間には悠々と間に合った。よかった。松山に向かうことができそうだ。そう安堵したそのとき、アナウンスが流れた。
「当機は、遅延しております飛行機の到着を待っての出発となります。お急ぎのところ申し訳ございませんが、出発は今しばらくお待ちください」
どうやらもう一本の乗継便があるらしい。それも遅延しているため、到着を待ってのフライトとなるようだ。まあ、仕方がないよね、とシートに体を預ける。隣を見ると、周防が貧乏ゆすりをしていた。お行儀が悪いので、やめなさい。
「すみません、まだ、ですか?」
近くにやって来たCAさんに周防が話しかけている。きれいな女性だ。その人に彼女はカラみ始めた。
「出発は、いつになりますか?」
「申し訳ございません。あとの便がもう少しで到着する予定でございます。今しばらくお待ちください」
「急いでいるんですけれど」
「お急ぎのところ、誠に申し訳ございません」
「これだけ遅延するって、おかしくないですか?」
「強風のために、飛行機が遅れております。大変申し訳ございません」
「わっ……」
「大丈夫です。問題ございませんから」
何かしゃべろうとする周防を制して俺が口を開く。CAさんと目が合う。
「我々は問題ございません。大変ですね」
「ありがとうございます。何か、お手伝いできることなど、ございますか?」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
CAさんは笑顔で俺たちの許を去っていった。周防は俺をまるで汚いものを見るかのような眼で見ていたが、俺はそれをガン無視した。
しばらくすると、ドヤドヤと乗客が乗り込んできた。瞬く間に準備が完了し、機体は伊丹の空に舞い上がった。俺は、先ほどのCAさんがお菓子か何かを持ってきてくれるのでは、と期待したが、それは一切なかった……。




