第52話 「ちょっと愚痴ったらすっきりした」
「今日は早いんだね、カイ」
村にたどり着いて商店で買い物を終えたら、後ろから声がかかった。
「フィーネさん。はい、いったん僕の仕事は一区切りついたので」
振り向いたら、防具を着けていないフィーネがひらりと手を振っていた。
「今日はお休みなんですか?」
散歩中だというフィーネと並んで歩きながら、カイが聞いた。
いつもはどこか軽いというか、飄々とした印象なのに、今日は疲れているように見える。
「うん、ウチは完全フリー。アウレリアは仕事で、バーナードは家で盾の手入れをしてるんだ」
タンクにとって、盾は重要な装備品だ。
仕事道具の手入れなら、バーナードは完全な休みというよりは次のための準備という感じなのだろう。
「たまにはのんびりするのもいいですよね。そういえば、フィーネさんはペットとして飼われているスライムのことってご存じですか?」
王都を中心に活動していたなら知っているだろう、とあたりをつけたのだが、はたして。
「ああ、あのお金持ちの悪趣味なペット。花とか食べさせてるのは可愛い方。虫とかネズミとか、生餌を与えてグロイのを観察するとかいう話も聞いたから」
フィーネは、その様子を想像したのか、両腕で自分を抱きしめて身震いした。
「それはちょっと……。それに、基本的にスライムって植物とか死体を食べますよね」
「らしいね。ウチにはちょっと理解できない、っていうかしたくない趣味」
どうやら、大流行というよりは、一部の人たちの『怖いもの見たさ』に火が点いたという感じだったようだ。
キモ可愛いものが流行る、というのは前世でもあった。
多分、それに近いのだろう。
「そのおかげで、スライムの研究がはかどったみたいですね。飼いきれずに下水に捨てる人も出ていますが」
ゴミだけを食べて綺麗な水を出す理由も少しずつ分かってきたそうだ。
「どこにでもいるよね、無責任なやつ。それなら最初から手を出さなきゃいいのに」
む、とフィーネは眉を寄せた。
「そういう人に限って、根拠もなく『自分は大丈夫』とか自信満々に言うんですよね」
今世でも見かけたが、前世にもそういう人はいた。
「ほんとそれ。偉そうに言っておきながら逃げるの。ウチの父親みたい」
フン、と鼻で笑ったフィーネは、肩をすくめた。
「突然愚痴ってごめん。今日休みにしたのも、ウチがイライラしすぎてたから休めって言われたんだ。クソ親父から手紙が来てさ」
「そうなんですね」
カイは、あえてそれ以上言わずにうなずいた。
「ほんと、ひっどかったの。ウチが赤ん坊のときはそうでもなかったらしいんだけど、仕事が長続きしなくて、母親が必死に働いてた。気のいい人だったから、小さいころは懐いてた方かも。でも、調子良すぎて誰かに騙されることも多かったな」
言いながら、フィーネは右手に小さな炎を出したり消したりした。
ぽん、ぽん、と軽い破裂音がする。
カイは、黙ってうなずいた。
「挙句の果てに、王都のスラムで流行りだした麻薬に手を出して、母親が必死で働いたお金を持ち出して。麻薬をやりだしてからは暴力も酷くてね。ウチが魔法を発現して大暴れするまで、ウチも弟もアノヒトから隠れて生活してた」
ぼん、と飛び出た大きめの炎を、フィーネはぎゅっと握りつぶした。
「あれがターニングポイントだったんだと思う。アノヒト、ウチらのこと殴ろうとしたんだ。『金を隠したな、殺してやる』って。単純に、なかっただけなのに」
カイが思わず隣を見ると、フィーネはまっすぐ前を見ていた。
「んで、逃げようとしたらウチのスキルの火柱が上がって大ごとになって、ウチらの状況が警邏に知られて。一時的に、母親とウチと弟は保護されたんだ」
ふわり、と小さな炎を指先に灯したフィーネは、そのまま炎を揺らした。
「スキルが暴走してしまったんですね」
カイが相槌を打つと、フィーネはうなずいた。
「そう。アノヒトは違法麻薬を使ってたってんで捕まって、意志が弱いもんだから購入先もゲロって芋づる式にたくさん捕まったみたい。で、麻薬を扱ってた裏の人たちから逆恨みされてさ。ウチら、国に保護されてなかったら殺されてたかも」
「それは……大丈夫だったんですか?」
今フィーネが目の前にいるから、何とか潜り抜けてきたことはわかる。
でも、当時は大丈夫だったのだろうか。
「まあいろいろあったけど、保護はされてたからそれなりに安全だったかな。周りの目だけは痛かった」
家族というだけで後ろ指をさされるのはよくあることとはいえ、辛かっただろう。
カイは、ゆっくり首を縦に振った。
「成人前に裁判所に訴えたから、ウチらと関わるのが禁止されたんだけど。冒険者になったらウチにだけは連絡できるようになっちゃって、なんか気持ち悪い手紙が来るんだ。謝ったり母親の居場所を聞いたり金をせびったり」
「あー、国の管轄から外れたからですね」
冒険者になると、国や貴族からの強制力から逃れられるのと同時に、国からの保護がなくなるのだ。
接近禁止などの命令措置も、被害者が冒険者の場合は適用されない。
その代わり、冒険者ギルドが窓口となってくれることはあるが、基本的には自分で対処する。
「まあ、目の前に来たところで実力的には叩きのめせるから気にしないんだけどさ。手紙って地味にうっとうしくてダメージが蓄積されて」
フィーネとしてはふっきれているものの、それと現実として気分を害するのとは別なのだろう。
「下手に突っ返して、ご家族が被害に遭うのも困りますよね」
「そう!そうなんよ。ウチの母親と弟はもう引っ越したんだけど、そっちに行ってほしくなくて。実害は手紙だけだから、受け取るだけで放置してる」
そんな過去があるから、麻薬の原料を作りだす魔物の森の木を徹底的に燃やしたのだろう。
カイがうなずく横で、フィーネは両手をグイッと挙げて背中を伸ばした。
「んーっ。ちょっと愚痴ったらすっきりした。ごめんね、暗い話で」
「いいえ、気にしないでください。僕には両親がいないので、本質を窺い知ることはできませんが、聞いて理解することくらいはできますから」
首を振ったカイを見て、フィーネが目を瞬いた。
「そっか、孤児院出身だっけ?」
「はい。預けられたのは生まれてすぐだったそうなので、この国の生まれかどうかも実はよくわからないんですよね」
茶色の髪に琥珀色の目というのは、この国も含めた近隣国にはよくある色だ。
どう見ても平民カラーなので、平民だろうということだけはわかる。
「ルーツがわかんないのかぁ。それはそれで不安じゃない?」
フィーネは静かな表情でこちらを見た。
「そうでもないです。親だと思ってたら他人だったり、兄だと思ってたら親だったりっていうドロドロを見てきたので。ルーツって、個人の形成には何の役にも立たないんだなって思ったくらいです」
正確には、カイには前世がある。
むしろそれがあるからこそ、今の自分のルーツを気にすることはなかった。
ちょっとしたずるのようだが、それも持って生まれたものだ。
「ルーツは個人の形成に役立たない……。そっか。そうかも。いや、そうでしかないね」
フィーネは、何やら納得したように大きくうなずいた。
家に帰るというフィーネと別れ、カイは自宅に向かった。
急ぐでもなくのんびりと歩いていると、薪を担いだエーミールと行き会った。
「こんにちは、エーミールさん」
「ああ、カイ。今帰りか?」
どうやら、エーミールは一人で薪拾いに行っていたらしい。
腰には仕留めたらしい兎をぶら下げていたので、ついでに狩りもしたのだろう。
「はい。ちょうどさっき、フィーネさんと会いましたよ」
「そうか。……その、フィーネは」
言いかけたエーミールは、一度口を閉じた。
そして言葉を選ぶように少し考えた。
「あー、イライラしていなかったか?」
仲間だから、きっと詳しい事情を知っているのだろう。
それを言わずに、彼女の様子を聞きたかったらしい。
「そうですね、少し。でも愚痴ったらすっきりしたようでしたよ」
「愚痴?じゃあ、フィーネのことを聞いたのか」
エーミールは、首をかしげた。
「ざっくりとですが」
カイがうなずくと、エーミールがほんの少し肩を落とした。
「そうか。……カイは何となく話しやすいもんな。俺はパーティを組んでから一年くらい経ってからやっと聞いたのに」
「え?」
「いや、なんでもない。じゃあ、俺も帰る。気をつけてな」
薪を担ぎ直したエーミールは、軽く手を振ってカイの横を通り過ぎた。
「はい、また」
そう言ってエーミールを見送ったカイは、自分の家の方を向いてからふと思い至るものがあり、もう一度エーミールを振り返った。
「え、そういうこと?」
しかし、大きな背中は何も語らなかった。




