第36話 「無理はしませんよ」
ボアを持ち帰ると、村では大騒ぎになった。
肉屋の主人が飛んできて、ライナーに頼まれると嬉々として捌いていた。
「腕が鳴るぜ!任せとけ!」
バンガードの四人が自分たちが欲しい分を取って、残りは村に寄付してくれた。
「おれたちだけでは食べきれない。町に売りに行く余裕もないから、今分けて食う方がいいだろ」
それを聞いた村の人たちから、歓声が上がった。
おかげで、カイの食糧庫にもボア肉が鎮座している。
夕食として少し切り取ってステーキにしてみたが、ものすごく美味しかった。
完全に高級豚ステーキだった。
そして次の日も、朝から魔物のいる森へ向かった。
カイは崖を生成する作業だ。
少し魔物がこちらに戻っている気配があるということで、カイの護衛にはアウレリアとエーミールがつく。
そして、索敵できるライナーと動きの速いフィーネが、森の奥の方へ調査に行くことになった。
「昼までに戻るつもりだが、もし戻らなかったら先に村へ帰ってくれ」
ライナーがエーミールとアウレリアに言い、二人はうなずいた。
「わかった」
「こっちは任せろ」
「カイは無理をしそうだから、昨日と同じくらいの時間で止めてくれ」
続けて言ったライナーに、フィーネがうなずいた。
昨日は二百五十メートルほど作った。
魔力的にはかなり余裕をみたつもりだ。
「無理はしませんよ」
カイが言うと、アウレリアが目を細めた。
「そうか?今日は随分気を張っているように見えるぞ。自分が頑張ればもっとできる、とでも思っているんだろう」
「うっ」
アウレリアの言う通り、昨日よりもう少し頑張れるかな、と思っていた。
ブラックウォルフだけではなく、ほかの魔物まで村の方へ来ることになったら危険すぎる。
だから、自分が頑張らなければ、と。
「だ、大丈夫ですよ!明日も続けないといけませんからね」
「……分かってるならいいんだが」
気負っていたのがバレていたらしい。
だが、彼らに見透かされていたことに気がついて、逆に肩の力が抜けた。
「焦るよりも、今できる範囲のことをきっちり終わらせるのが一番の近道だからな」
言い聞かせるように言葉を選んだライナーに、カイはしっかりと目を合わせた。
「わかりました」
「よし。それぞれができることを一つずつ片付けるぞ」
「はい」
この後の予定を再確認してから、ライナーとフィーネはほとんど足音を立てずに走っていった。
思わずそれを呆けて見送ってしまったカイだったが、自分の役割を思い出して切り替えた。
「昨日の続きで、ここから始めます」
カイが不自然に立ちあがった崖を前にして言うと、エーミールとアウレリアがうなずいた。
少し崖を作ってから、ふと気になったので、カイはスキルを使って崖を補強しながら質問した。
「エーミールさん、昨日このあたりの木を取り払ってくれたと思うんですが」
カイが言うと、エーミールは切り開かれた部分を見やった。
「ああ」
「ものすごく早かったですよね。ちょっと僕にはどうやったのかわからなくて」
木を伐るのは、簡単ではないはずだ。
それに、切り株や木を引っこ抜いた跡も見当たらなかった。
「そうか?俺が突進して根から倒して、フィーネが燃やして埋めたんだ。穴を埋めるくらいなら、フィーネも俺も土魔法でできる」
「突進」
カイは、思わずエーミールを見た。
そのガタイで、思い切りぶつかって木を倒したらしい。
「結構音が響いていたぞ」
アウレリアが言ったが、カイは気づいていなかった。
正確には、何度か木が倒れる音を聞いた気はするが、それ以上は覚えていない。
「うーん。多分、作業に集中しすぎてあまり聞こえてなかったんだと思います……」
「カイは集中力が高いんだな」
エーミールが感心したように言った。
「ほどほどが良いと思うんですけどね。そのエーミールさんの突進って、もしかして盾のスキルですか?」
「ああ、そうだ」
にか、と笑ったエーミールは、背中の盾を親指で示した。
「こいつで攻撃するためのスキルだ。なかなかの火力だぞ」
「すごいですね。ちょっと見てみたかったです」
カイはそう言うと、もう一度土魔法を行使して崖の続きを作った。
「木を切るだけなら私の方が早いんだがな」
アウレリアが腕を組んで言った。
「確かに、アウレリアさんの武器はハルバード……斧ですもんね」
だが、護衛という意味でカイの所に残ったのだろう。
と思っていたのだが、それをエーミールが否定した。
「早いのは早いが、やり過ぎるだろ。周囲を何十メートルも伐採する必要なんてないんだからな。今回は俺の方が適任だった」
「む。確かに広範囲に伐採できてしまうが」
口を尖らせるようにしたアウレリアは、あらぬところを見ている。
「もしかして、一振りで何十本も?」
カイが聞くと、アウレリアは自慢げに胸を張った。
「ああ。斧術スキルだからな。本領を発揮すれば、一振りで百本くらい切り倒せる」
「さすがですね」
感心したようにカイが言うと、アウレリアは嬉しそうに頬を緩めた。
その様子を見て、もしかして……とカイは思った。
(エーミールさんにだけ「すごい」と言ったから、自分もそう言われたかったとか?)
アウレリアのことを、勝手にクールビューティーでストイックな人だと思っていたのだが、昨日のボアといい今のことといい、実は可愛らしい人らしい。
カイは、思わずアウレリアのことを微笑ましく見てから、さらに質問した。
「それと、木を燃やしたのはなぜですか?」
すると、アウレリアとエーミールは首をかしげた。
「ああ、魔物の森での討伐は中級以上推奨だから知らないか。このあたりの木は色が違うだろう?この木を切ってしばらくすると、特殊なキノコが生える」
エーミールの言葉に、アウレリアが続けた。
「このキノコが、不安定な魔力を発するんだ。麻薬にも使われると聞いたことがある。所持するだけで捕まる素材だぞ」
「キノコですか」
要するに、毒キノコのようなものなのだろう。
話しながらも、カイはコツコツと崖を増産していく。
「ああ。だからやむを得ず伐ったら、燃やすか埋めるかして処理するのがルールだ。放置したのが見つかると国かギルドに捕まる」
アウレリアは、両手首をこつんとぶつけて捕まるジェスチャーをした。
「それじゃあ、倒木があっても危険なんですね」
カイが顔を上げて森を見回すと、エーミールが答えた。
「ああ。倒木も、見つけ次第処分と指示されている。かなり厳重だ」
「昔、その麻薬でどこかの国が滅びかけたらしいからな。薬の材料にもなるが、もっと安全な代替品があるから全面禁止になった」
アウレリアが教えてくれた。
「そうなんですね」
「フィーネは、個人的な恨みもあるからな。やべぇ表情で超高温の火魔法をすごい精度で放って焼き切ってた。……っと、すまん。今のは聞かなかったことにしてくれ」
エーミールは、「失敗した」という表情で言った。
確かに、個人的な事情を勝手に話すのは良くない。
だからカイは聞かなかったことにして、アウレリアに別の話題を振った。
「アウレリアさんのゴーレム部位って、魔道具の一種ですよね?」
「ああ。一種というか、普通に魔道具だな」
アウレリアが左腕と左足を軽く振って見せた。
「魔道具ってすごい金額だと思うんですが、もしかしてアウレリアさんって貴族だったりするんですか?」
なるべく言葉を選ぼうと思っていたのだが、スキルを使いながら口を開いたところ思ったまんま言ってしまった。
慌ててフォローしようと言葉を探していると、アウレリアが噴き出した。
「ぶ、ふふ、はははは!私が貴族とは、カイは面白いことを言うな!」
「言わんとするところはわからないでもないが、コレだぞ?さすがに貴族はないだろう」
エーミールがアウレリアを顎で指して言った。
「はははは、はぁ。いや、私の実家は豪農なんだ。下手な貴族より裕福でね。伝手を頼ってゴーレム部位を作ってもらったんだよ」
「王都周辺では一番の豪農だったよな」
エーミールも知っているようだ。
「そうだったんですか」
いずれにしても、お嬢様なのは確からしい。
とはいえ、今のアウレリアを見てもメイドさんに傅かれながらお茶を飲む様子は想像できない。
人の変化は神秘である。
自分を納得させたカイは、次の作業に移った。




