第26話 「ねえ修理屋さん、今日は何してるの?」
次の日には柵の修理を終えて、さらに次の日には共有井戸も調整した。
共有井戸は、故障というほどのこともなかったので、摩耗している部品を交換した程度だ。
少しずつではあるが、村の役に立つ仕事なので達成感がある。
そして、数人の村人がエーミールとフィーネの付き添いで森へ向かった。
カイの家の薪はたっぷり備蓄してあるが、そろそろ足りなくなりそうな家がちらほら出てきたらしい。
そのため、何度か往復して持って帰ってくるという。
ライナーとアウレリアは、また果樹園周辺で調査を続けるようだ。
そのあたりの話は、ヒルダが教えてくれた。
知らない間に、アウレリアとよく話す仲になっているらしい。
さすがヒルダである。
「それで、果樹園の水路以外のとこにも壊れてるところがあったんだって。だから、様子を見てカイに修理を依頼するって言ってたわ」
「水路以外にも?それって……」
カイが言葉を濁すと、ヒルダはこちらに一歩近寄って声をひそめた。
「あのあたりを、ブラックウォルフが通ったみたいだって」
「やっぱり」
村から遠ざかっているなら少しは安心だが、それも絶対ではない。
不穏なものを感じたカイは、思わず腕をさすった。
今日は柵や井戸の修理ではなく、遊具を作るためにやって来た。
木材はまだ積まれたままだが、遊ぶスペースはまだ充分にある。
昨日の帰り道に会ったデニスにも改めて確認したので、ここに遊具を作るのだ。
村の中で遊べれば、子どもたちも少しは気がまぎれるだろう。
カイは、商店で手に入れた金づちや釘が入った鞄を地面に置いた。
まずは整地である。
なんだかんだと平らな地面は少ないので、土魔法で均していく。
切り株は取り出して端に置き、穴を埋めた。
盛り上がった部分を削ったので、余った土が山になっている。
雑草も土に混ぜ込んでから、カイは全体を見渡した。
「これくらいあればいいかな。真ん中のあたりは広場にしておくから、こっちの方に……」
歩いて行ったのは、柵に近い方だ。
そこで、余った土を使い、もう一度土魔法を発動した。
「なんて言ったかな?山みたいな形の滑り台」
前世の記憶では、近所にはなかったが、地方を紹介するテレビで見た。
富士山型の滑り台である。
「土を硬くして形を固定。って、このままだと怪我をしそうだな。こっち側に階段をつけよう」
子どもたちが遊ぶことを想定して、階段の段を低めにしておく。
階段の部分だけ飛び出す形になるが、別にいいだろう。
「滑るところは入念に固めて滑らかに……。頂上はあんまりつるつるじゃなくていいか」
そうして、(多分)この世界初の山型滑り台が完成した。
一応滑らかになるように調整したつもりだが、このまま何度も滑るとお尻のところの布が破れるかもしれない。
前日のうちにそう考えていたカイは、これも商店で買っておいた、葉を編んで作った敷物を地面に置いた。
「これだと大きすぎるんだよな。うーん、子どもが使うからまあこれくらいかな」
次に使うのは木魔法だ。
ちょうどいい大きさに切って、端っこを編んでとめていく。
この程度なら、カイの『故障品再生』スキルを使うまでもない。
そうして、十枚ほどの小さなマットのようなものができあがった。
ふう、と一息ついていると、遠くから見ていたらしい子どもたちが寄ってきた。
先日声をかけてくれた子たちだ。
「ねえ修理屋さん、今日は何してるの?」
「滑り台を作ってるんだ」
「すべりだ?」
「なにが滑るの?」
「これ、大きすぎ。あたしでも滑れそう」
子どもたちが口々に言うので、カイはにっこりと笑顔を向けた。
「あれは、君たちが滑って遊ぶものだよ」
「えっ?」
「ほんとに滑るの?」
不思議そうに言うので、カイが見本を見せることになった。
「ほら、この階段から上るんだ。で、一番上まで来たら、このゴザをお尻の下に敷いて、手前側を持って……」
ずざざざーっ!と滑ると、子どもたちの目が輝いた。
「やる!これ使っていい?」
「あたしも!」
「順番だよ!!」
「じゃんけんで勝った人から!!」
子どもたちは、じゃんけんをうまく使ってくれているらしい。
楽しそうな子どもたちを見ながら、次は端にある大きな木にブランコでも作ろうと思って、ふと気がついた。
「なあ、前にいた男の子は?今日は一緒じゃないの?」
あの、カイの魔法を面白いと言ってくれた男の子が見当たらなかった。
「オスカーなら、今日はお兄ちゃんのお手伝いをするって言ってた」
あの子はオスカーというらしい。
「オスカーのお兄ちゃんが、森の薪拾いに行ってたんだ」
「すごいよね、冒険者の人と一緒に森に行ったって」
「お母さんがオスカーのお兄ちゃん、すごいってほめてたよ」
なるほど、少し年の離れた兄がいて、今日はそちらにいるらしい。
「そっか。それはすごいね」
「うん!あ、待って!次はあたしの番!」
「早くー!」
楽しそうな子どもたちを見てから、カイは大きな木の方へ向かった。
ブランコはあまり難しくない。
大きな木の枝がはりだしているからだ。
柵の修理用に置いてあった木を一本もらって、枝の先の方を支える柱にした。
土魔法を使って柱を埋め、高さをちょうどいいように調整したら、枝と柱に蔓を巻き付けて固定する。
ほとんど枝が乗る形なので、このくらいの固定で充分だろう。
そして縄を放り投げて何とか枝にかけて向こう側に垂らし、くくって固定してから先端に板を結び付ける。
簡単な作りだが、この方が逆に誰でもメンテナンスできるだろう。
作り終わったころに、子どもたちが向こうで大きな声をあげた。
「オスカーのお兄ちゃーん!!」
「見てみて!滑り台だよ!」
「オスカーは?まだお手伝いしてるの?」
すると、オスカーの兄という青年は目をぱちくりとさせた。
「え?オスカーは今日は友だちと遊ぶって言ってたと思うけど」
「でも、来てないよ」
「オスカー、おうちで遊んでるの?」
「いや、家は今、妹が病気だから外に行ったはずで」
「そうなの?」
不思議そうな子どもたちを前にして、オスカーの兄は顔を曇らせていった。
心配になったカイは、彼に声をかけた。
「大丈夫か?オスカーの行きそうな場所は?」
「親父のジュース工場か、あとはここくらい……。あ、まさか」
「心当たりが?」
カイが聞くと、オスカーの兄はうなずいて、それから眉を寄せた。
「昨日、俺が薪拾いのメンバーに選ばれて南の森に行ったんです。夜、そのときのことを父に話していました」
カイは、黙って続きをうながした。
「母は妹に付きっきりで、ただ俺が薪を拾ってきたことだけは褒めてくれたんです。でも、オスカーが何か話したいというのを聞いてやれなくて……」
顔を下げるオスカーの兄と、カイは多分同じ結論を得た。
子どもたちの楽しそうな声が、遠い。
「まさか、一人で森へ?」
あんなに小さい子が、とも思うが、否定しきれない。
「なくはないです。でも、危険だってことは充分知っているし、頭のいい子だから行かないと思うんですが」
「まずは、ご両親のところへ。僕はデニスさんの所に走ります。もしオスカーが村のどこかにいたらそれでいいですから」
カイがそう言うと、オスカーの兄はうなずいた。
「僕は修理屋のカイです。そう言ったら、多分ほとんどの人は知っていますから」
「知っています。俺はペーターです。オスカーって名前はほかにもいるから、ペーターの弟って言ったら伝わると思います」
「わかった!」
そしてカイは、役場に向かって走り出した。
ペーターの走り去る音も聞こえた。
嫌な予感が胸に広がり、それを振り払うようにカイは地面を強く蹴った。




