第17話 「ああ。これで昔のまんまだ」
「ローレさん、直りましたよ」
カイが家の中に入って声をかけると、ローレが店の方から中に入ってきた。
「おや、修理は……って、ヒルダまでいたのかい」
「こんにちは!ローレおばさん」
ヒルダがひらひらと手を振ると、ローレはゆらりと尻尾を揺らした。
「なんだい、また仕事をサボってきたのかい?」
呆れたように言ったローレに向かって、ヒルダはぷくりと頬を膨らませた。
「そんなにいっつもサボってなんかないわよ!それに今日は、ちゃんと父さんに許可をもらってきたんだから」
ぷりぷりとローレに怒って見せたヒルダだが、顔は全然怒っていない。
尻尾も機嫌よく揺れている。
きっといつものやり取りなのだろう。
「あらま。もう直ったってのかい?すごいじゃないか。フィン!フィーン!」
ローレは、店先に向かって叫んだ。
「どうした?」
のっそりとこちらに顔だけ覗かせたフィンに、ローレは手招きをした。
「ほら、今お客さんいないだろ?こっちで見てみなよ」
ローレの尻尾は大きくゆらゆらと動いている。
「ん?ああ、もう直ったのか。早いな」
窓にガラスが嵌っているのに気づいたフィンが、カイの方へ視線を寄こした。
「それもだけどさ、ちゃんとこの窓を見てみなよ。ほら」
ローレは、体の大きなフィンを引っ張って窓の前に立たせた。
「ガラスだろ?それが一体……」
言いかけたフィンは、窓をじっと見て固まった。
「なんだこれは。ガラス、だよな?」
「はい、割れたガラスを使ってスキルで作り直しました」
カイは戸惑いながらうなずいた。
彼らが何を疑問に思っているのかがわからない。
いたって普通のガラス窓だし、模様が入っているわけでも二重にしたわけでもない。
こちらの窓に合わせて作った一枚板のガラスのつもりだ。
「透明すぎやしないかい?それに、よく見たらあたしらが綺麗に写ってるんだ」
「ああ。こんなに歪みのない透明なガラスは、初めて見た」
フィンは、窓ガラスに顔を近づけた。
あっ、と思ったが、カイは声を出すのを我慢した。
ついつい、前世の感覚で窓を作ったが、今のこの世界における普通の住宅では、窓ガラスはここまでまっ平かつ透明ではない。
もう少し厚みにムラがあるし、色も青みがかった物が多い。
やってしまった、と思ったが、ここで慌てるのもおかしい。
カイは、うなずいて答えた。
「はい、王都で横を通って見た貴族の屋敷の窓を参考にしました。普通の窓の方がいいですか?」
適当に言い訳をしたが、そう大きく間違ってもいない。
貴族の家の窓は、ものすごくお金をかけた綺麗なガラスを使っていることが多いのだ。
とはいえ、あまりに高価なガラスを使っていると知られると、昼間の空き巣などの窃盗被害に遭いかねない。
カイが言うと、フィンはうなずきかけて止まった。
「これはとても素晴らしいものだ。だが、可能であればほかの窓と同じ、もう少し歪んで緑っぽいガラスにしてほしい」
「わかりました。少しお待ちください」
スキルを起動すると、立体映像で窓が目の前に浮かび上がる。
そして、窓ガラスに変更を加えた。
カイの家にもある窓ガラスと同じもののイメージでいいだろう。
「あ、変わったわ」
ヒルダがそう言ったので、カイはうなずいた。
「これで、多分いつものガラスだと思います」
スキルを行使したままフィンとローレに確認すると、窓を見た二人はうなずいた。
「ああ。これで昔のまんまだ」
フィンがうなずき、ローレは耳を少し下げ、尻尾もへにょりと垂らした。
「すまないねぇ。せっかく綺麗な窓にしてもらったのに、普通のがいいなんて言っちまって」
「いえいえ!僕が確認もせずに作ってしまったものですから」
スキルを切ったカイが首を横に振ると、ローレは眉を下げた。
「気を悪くしてないかい?」
「まったく。むしろありがとうございます。これからは、まずお客様に確認すべきだとわかりましたから」
カイは、笑顔で軽く頭を下げた。
修理一つとっても、その人によって希望は異なるだろう。
カイがこれから修理屋としてやっていくなら、毎回きちんと確認しないといけない。
「ほら、フィンも言うことがあるだろ!」
「すまんな。ややこしいことを頼んで」
大きな身体を縮こまらせるようにして、フィンが謝ってきた。
慌てたカイは、両手を胸の前で振った。
「いえ、本当に気にしないでください。僕はまだ修理屋として探り探りの状態ですから、きちんと言っていただける方がありがたいです」
それを聞いたフィンは、首の後ろに手を当てて苦笑した。
「そう言ってくれると助かる。綺麗に修理してくれてありがとな、カイ。ローレ、適当に上乗せを頼む」
「あいよ」
ローレが良い笑顔で答えると、フィンは店番に戻っていった。
材料費も併せて銀貨一枚と銅貨二枚だと言ったが、ローレは銀貨二枚を渡してきた。
「ローレさん、これは多すぎます」
「いいんだよ。二度手間になっちまったし、初仕事のご祝儀も入ってるんだ。受け取っとくれ」
そしてローレは、二枚の銀貨をカイの手に握らせてしまった。
「貰ったんだから、受け取ればいいのよ」
ヒルダが笑顔でそう言うので、カイは自分の手を見てからうなずいた。
貰った親切は、親切で返せばいいのだ。
「わかりました。ありがとうございます!また次に依頼をいただいたら、そのときは特別価格で引き受けますので」
「ああ、そりゃあいい。何かあったときには、また頼むよ」
ローレも笑顔で答えてくれたので、多分それが正解である。
八百屋を出て、そのまま機嫌の良さそうなヒルダと連れだって歩いた。
ヒルダは、楽しそうに尻尾を左右に振っている。
「修理屋をやっていくなら、鉄とか木材とか、いくつか材料が必要になりそうなんだ」
カイが言うと、ヒルダは思い出すように斜め上を見た。
「そうねぇ、ツーレツトに売りに行くものはほかにもあるわ。錆びたくぎとか壊れた農具みたいな金属類ね」
鉄や銅といった金属があれば助かる。
「壊れた家具なんかはないかな?」
「うーん……それはないわね。誤魔化しながら使って、どうしようもなくなったら家の補修用にするし、最後は薪にするから」
こちらの家具は基本的に木材のみだ。
確かに、薪にすれば最後まで使いきれるだろう。
「ああ、じゃあぼろ布みたいなのも使い切るか」
カイの言葉に、ヒルダはうなずいた。
「布もそうね。最後は着火用にできるし」
資源を最後まで使い切る姿勢は、カイにとって好ましい。
自分のスキルが、その役に立てればいいと思う。
「まあだから、カイに売れるのは割れガラスとクズ金属だわ」
「わかった。金属って、ちょっと見せてもらえるかな?」
カイとしては、一応どういうものがあるのか見ておきたい。
「いいわよ!クズ金属は、溜まるのが遅いから倉庫の奥の方にあるの」
そう言いながら商店に入ったヒルダは、買い物に来ていた客に挨拶をしながら奥に入っていった。
ヤーコブにも声をかけ、倉庫に入っていく。
先程よりも奥の方へ行くにつれて、箱やいろんなものが積みあがった山が見えた。
「あっちの箱に、釘とか壊れた鍋とか農具とか、色々放り込んでるのよ」
割れガラスの箱と似たような大きさの箱が、奥の方に置いてあった。
両側の壁には大きな棚がいくつも並んでおり、所狭しと商品だろう物が並んでいる。
明り取りの細い窓はあるが、全体的に薄暗い。
「こっちから回れるわよ」
中央に置かれた大きな物を避けて歩いたヒルダの肩が、とん、と大きな棚にぶつかった。
そのとたん、『パキリ』と乾いた音がした。
「え?」
「あっ」
後ろから続いていたカイには、大きな棚の柱が折れ、倒れてくるのが見えた。




