28 卵は本当に何もしてない。
発展していくゴブリン村
『きひひ、卵ちゃん、探したぞ。』
『おや、ヱンペル先輩、お久しぶりです。』
『きひひ、で、何この状況?』
のどかに色どりが増えていくゴブリン集落、気づけば染色技術まで広まりカラフルな布で飾られた祭壇に置かれた俺は、確かにどういう状況なんだろうか?
『山頂から移動していたから、孵化でもしたのかと思ったが、そうじゃないらしいな。』
数年ぶり、不意に聞こえた意味のある言葉。精霊同士のテレパシーで話しかけられたわりに俺は慌てなかった。いや、慌てても動けないんだけど。
代わりに視線を動かして探してみると近くの木の枝でくつろぎながら俺と周囲の様子を観察するヱンペル先輩の姿があった。木の上でくつろぐ先輩は相変わらずニヤニヤとしているが、どこか戸惑っている様子だった。
『スピニングゴブリンがこれだけの規模になっているなんて珍しいねー。』
『スピニングゴブリン?』
「きひひひ、世にも珍しい紡績大好きな魔物のことさ。平和主義というか臆病で奥地の秘境に隠れ住んでいるようなやつらでな、こんな大規模な集落を見たのは久しぶりだわ。』
スピニング?ああ、紡績ってことか。たしかにあれこれ器用に作っているとは思ったけど、まさかの種族特性だったとわ。
『きひひ、飢えない限りは他の生き物を襲わないし、人里に近づくことはないから討伐対象になることはほとんどない。けど弱すぎるから他の魔物の餌になったり、奴らの布を狙った人間に狩られたりと、色々あって絶滅危惧種だ。』
『レッドデーターなの?』
『きひひ、こいつらの布はかなり上質なものってことで一部のお偉いさんたちが好んで使っていたらしいなあ。ただこの光景を見たら使いたいなんてこと思わないだろうけどなー。』
シルクみたいなものか。あの高級な布も虫が作った物だし、それを知って嫌悪感を持つ人もいる。知らぬが仏というのはまさにこれだ。
ともあれ、ここ数か月の疑問がわかり、すっきりした、
俺の祭壇(そう見えるくらい立派に飾られている)に敷かれた布も見た目はふわふわなことや、ゴブリン達が来ている服も最近では見習いさんたちのものより豪華になっていることも納得だ。そもそも孵化までのんびり過ごすために連れてきてもらった秘境。その場所でうっかりレアモンスターとエンカウントしてしまったと。
『えっ、これって卵ちゃんが何かしたわけじゃないの?』
失礼な、ちょっと頑丈なことが取り柄の卵に何ができるというのだ。
『きひひひ。だったら、もともとそういう種族ってことなのかもな。』
衣食住足りて礼節を知る。あるいはエジプトはナイルの賜物ってことだろうか。出会ったときは死にかけ、滅びかけのゴブリン達、あらためスピゴブ達は、奇跡的に手に入れた安住の地をこれでもかと飾り立て、発展させたということ。
『天幕のごとく木々の間に張り巡らされた布も?』
そうですねーまるで大きなテントのように集落を覆った深緑の布。これは数か月かけて作られた傑作です。水も弾くし丈夫なので雨や嵐でも快適です。
『正面から見たらほぼ目視不可能な細くてやばいやつも?』
ああ、作っている途中で何度もケガして俺に近づいて休んでいた細いやつか、あれ使って食材とか木材を切ったりしてたけど集落を守る防壁の代わりにもしていのか。
『きひひひ、分かっていると思うけど卵ちゃん。』
『いやー魔物ってすごいですねー。どこから材料を調達しているのか知りませんけど針もハサミもなしにこれだけのものを作ってしまうなんて。』
最初のころ使っていた石のナイフはほぼ使われることなく、生活のほとんどが糸と布で完結している。彼らは木につるしたテントで寝起きし、頑丈で着心地の良い服を着る。直火にも耐えるカゴでスープを作り、色落ちも液漏れもしないざるで食事をとる。どこからか集めた材料をよじって糸を作り、踊る様に布うを織っていく。
「ぎゃぎゃぎゃ。」
「ぎぎぎ。」
意味のありそうな鳴き声で歌いながらチームで紡績していく様子はなかなかに面白い。
『きひひひ。スピニングゴブリンの失われた文化が復活しているとか、大発見だな。』
感心したようすのヱンペル先輩と一緒にその様子を見守っていると一日が終わってしまった。この集落はそんな風にのんびりと時間が過ぎていく。
『まあ、元気そうで何よりだけど、まだ孵化する気配はない感じかい?』
『そうですねー。まだ何とも。ただ何となく中身が安定しているような気がするんですけど。』
そういえば、この世界に来て2年以上経つっけ?
一向に孵化する気配はないのだろけど、なんとなく卵の殻の下に確かな自分の存在を感じる。まだまだ時間はかかるが、確かな変化。いずれ卵は孵化する。のどかな時間でも、それがつかめたのは大きな価値がある。
『きひひひ、そうか、ならまた一年ぐらいしたら様子を見に来るさ。ああ、見習い達も元気にやっているから安心しな。』
それは良かった。精霊との契約を求める彼女たちの期待を裏切ることになってしまったが、縁がなかったのだからしょうがない。
いずれ孵化したら、彼女たちにも挨拶へ行こう。
『きひひひ、まあここならしばらくはのんびりはできるだろな。』
ちょっと別れ際に気になることを言わないでください。
俺はこの平和な集落で孵化までのんびり過ごすんですから。
ヱンペル「1年ぐらいは誤差だよ、誤差。」
リュー「まあ、あっという間でしたし。」
2年近く、行方知れずになっていた事実も精霊たちは気にしない。




