24 卵は放置されることを望んだ。
卵は新たなる舞台へ
「きひひひ、そういう謙虚なところはきらいじゃないぞ。」
ヱンペル先輩はそう言ってくれたし、ドレン老師もSさんを通じて寮の人達に話を通してくれた。
そして、今現在、卵はヱンペル先輩に抱えられて空の旅を満喫していた。
「おお、広い。」
感謝しかない。
「きひひひ、広いだろ、この世界で最も大きな大陸の中心にキューリアの首都はあるからな。」
ヱンペル先輩の言葉が示す通り、空から見渡す限りは大地、それも森林ばかり。キョロキョロと見回せば開けた平原や湖などに混じって荒野や砂漠なども見える。まるで某狩りゲーのステージのように区分けされた世界だけれども一番目立つのはデイーと一緒にみた断崖絶壁だ。
「きひひひ、あそこがキューリアの国境も兼ねているからな。あそこを請えれば人間はほとんどいない。」
「へえー。」
「のんびり過ごしたいなら、崖向こうに拠点を構えるといいんじゃないか?」
「お願いします。」
「さて、加速するけど、舌噛むな。」
「噛む舌がないです。」
「それもそうだ。」
軽口を言っている間に、ドーンと鈍い音がして、視界がかすむ。いやヱンペル先輩が加速したから、電車とか飛行機に乗っているような感覚になっただけだ。面白い光景だけど、小動物サイズのヱンペル先輩俺を抱えた状態でこの速度は怖い。
「お、落とさないでくださいよー。」
情けない悲鳴と笑い声をあげて、俺たちは、人里からどんどん離れ、やがて、一際大きな山の山頂へとたどり着いた。
「きひひひ、この山はずいぶん前に活動を止めた火山だ。山頂付近は静かなもんだ。」
「これはなかなかの絶景ですねー。」
3対7で岩肌と森林に分かれた丸型の山、富士山のような三角形に見えるが、近づくと山頂付近は大きなくぼ地となっている。もともと火山だったころの名残だろうけど、そこが見えない大穴ってちょっと怖いなー。と思っていたら山の淵にある岩の隙間にヱンペル先輩はおれをそっと置いた。
「きひひひ、ここならまず邪魔は入らない。あとはのんびり孵化するだけだな。」
「たしかに、いいですね。」
岩の間に収まり良く置かれた卵はまるで灯籠のようだ。おかげでいい感じに山肌とその下の森林を見ることができるし、見る人がいれば見れば、俺の居場所がすぐにわかるだろう。
「きひひひ、じゃあまたな。5年ぐらいしたら様子を見に来るよ。」
「ういー。」
最後にポンポンと俺をなでててヱンペル先輩は空へと去っていた。5年というのはまた気長なことだけど、実際それくらい孵化しないんじゃないかなって気もする。
食う寝るに困らない。だって卵だから。
「うーん、しかし奇妙なもんだなー。」
のんびりと景色を眺めながら、俺は自分の状態を不思議に思う。
記憶にある前世?では、寝たきりの生活だった。原因は曖昧だけど点滴につながれ日常生活もままならない状態が何年も続き、気づいたら卵になっていた。自力では動けない不自由はあるけれど、食事の心配と不快感がないだけで充分すぎるほど快適で幸せな気持ちとなる。
きっと他の人間にはこの卵状態は耐えられないのではないだろうか?
動けないし、触れない。そよぐ風のさわやかや岩の冷たさや固さが、なんとなくわかるようなわからないような曖昧な感覚。なまじ広い視野のおかげで自分と周囲の状態は分かる分、動けないことがもどかしい。そんな感じ。
「まあ、慣れてるけど。」
そんな感じが今はありがたい、俺は自分の状況をまったりと考えながら、この世界にきて初めて安心して、休めている気がした。
気づけば日は落ち、また昇る。ぼんやりとしたまどろみの時間は心地よく。気づけば数日、数ヶ月、どれほどの時間が経ったかわからないが、遠目に見える気に花が咲いて、実ができるくらいの時間、俺は思考を放棄してまどろんでいた。
そして思ったことは。
「めっちゃ快適だわー。」
人と話すことは嫌いじゃない。見習さん達と話したり、訓練に付き合ったりすることは面白かったし嫌いじゃなかった。ただ、崇拝に近い形で一日中、誰かに見られていたのは思った以上にストレスだったようで、1人でボーとする時間が快適すぎた。
健常な人間は、娯楽や外部の刺激なしで寝ていると3日で飽きて、苦痛を感じ始めるという。だが、そういった感じはなく、間延びした時間の中でのんびりと山の景色を眺めぼーとするのが楽しい。そう思えるのは卵だろうか?
今後の身の振り方や、孵化の方法など考えることはあれど、時間はあるのであとでもいいや。そんな投げやりな気持ちに身を任せて、俺はぼーと状況に身を任せていた。きっと卵とはこうあるべきなんだろう。そんな悟りすら開きながら、日々は過ぎていき。時計代わりに見ていた木々からは葉っぱが落ちて、雪が積もった。そしてその雪がとけて再び葉っぱがはえて花が咲く。やがて実ができて鳥や小動物が集まってくる。季節が一周するほどの時間の間、俺は岩場でのんびりと過ごすのであった。
リュー「安住の地」
ヱンペル「そもそも、天敵がいないからな。」
育児放棄ではない。
寮でのハーレム暮らしをやめて旅立つ卵の運命はいかに。




