#15 俺たちの夏休みはそろそろ終わりらしい
「…ッらぁ!!」
亮太の全速力を持って、限界速度まで上げて攻撃に転じても、亮太の速度が霊琥の能力を上回る事が出来ない。必ず亮太の思考を反映して、何かしらの迎撃を重ねて来た。
そんな霊琥はつい先程からジッと上を見上げている。
「……」
「どこ見てんだよ、霊琥…お前は俺に首ったけじゃ無かったのか?」
「うん、そうなんだけど。ちょっと上手く行かなくてさ?範囲ギリギリなのかなぁ」
霊琥はこちらを見やるでもなく、上を見ながら眉間にシワを寄せた。上にあるものなんて一つしかない。
「…彩里に手ェ出してんじゃねぇだろうな」
「と思ったんだけどね?うーん、まぁいいや。あそこから動いても、着くまでには終わってるだろうし。続きやろっか」
「…まるで今まで何もして無いって顔だな。これだけ迎撃しておいて」
「まぁオートモードだし。お兄ちゃんくらい頭が回ると処理が楽なんだ」
俺が息も絶え絶えにしていると、これだ。霊琥の能力は、相手の考えた事が実現する能力であるというのが判明している。となれば、常に敵と戦い続けた者ほど攻撃を先読みしてしまい、如何に頭を空にしても、どこかで反撃を想像してしまう。
「というか、さっきから思うんだけど。それ以上速くならないの?」
「…さぁな」
ならない。なるはずもない。これ以上、速度を上げてしまったら人体が風圧で潰れてしまう。
「そっか。でもそれ以上は上がりそうにないし、そろそろ終わらせちゃうね」
「は?終わらせる?その能力でどうやって勝つんだよ。そもそも俺はお前の能力は効かないんだぜ?」
「さぁどうかな」
そう言って霊琥は、旧時代も顔負けなくらいのガスケット銃を空中に生成する。ガスケット銃というのは単発式の超古代銃で、教科書に載る表記を引用するならば、西洋火縄銃だ。
「……いまさらそんな古代兵器なんて出して、どうするつもりだよ」
「あのさお兄ちゃん、一つ聞きたいんだけど。お兄ちゃんの能力って速度を奪うんだよね」
「…だったら?」
隠す事でもない。俺の能力は速度を吸収して放出する。それがどうしたって言うんだ?
「うんうん。じゃあこれで終わりだね」
「だから何を…」
そう言ったのが遅かった。次の瞬間には無数の、数えるのも億劫なほどの数のガスケット銃が、俺の周囲を取り囲む。
「ばん」
「…っ!」
霊琥の声に合わせて最初の一丁が発砲。飛んでくる弾丸の移動速度を奪うつもりでいたのだが、当たったはずの弾丸はどこにも存在しなかった。それでも、奪った速度は確かに存在する。
「…?」
「特に理解しなくていいんだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの能力はずっと見てたし、発動条件も効果範囲も全部知ってるから」
そう言って霊琥はニコリと笑い、手近なガスケット銃を手に取ると、亮太に向けて引き金を引いた……その瞬間。
「ッッッッッ!?!?」
四方八方から発砲する音とともに、見えない何かの速度が亮太の中に溜まり続けていく。
「お兄ちゃんの奪える速度って……無限じゃ無いよね?だって『速度無効』じゃないし。という事は、許容限界ってあると思うんだ」
「あるわけねぇだろ、そん、な…もの…っ!?」
「そうなの?でも僕はあると思うなぁ」
許容限界なんて無い。あるはずがない。自分のことだ、自分が一番知ってる。だったら、この気持ち悪さはなんだ?どう説明する?まるで、満腹になったってのに、無理やり食べ物を胃に押し込まれるような感覚は…っ!
「おま、え…っ!」
「あるはずがない?ここをどこだと思ってるの?無いはずのもを作り出し、起こるはずの現象を消し去る空間だよ?ご都合主義に塗れた後付け設定ですら、僕の能力でつける事も消す事も出来る。能力者同士の戦闘は、いかに自分の得意を押し付けるかが重要なんだ。対物に特化したお兄ちゃんが、空間に特化した僕に勝てるはずないじゃ無いか」
その通りだ、ぐうの音も出ない。だがそれでも。だとしても。
「……くの…」
「ん?なにかな、お兄ちゃん」
「霊琥の、強さってのが……殺し合いの、技術だってなら…ンなもん、いらねぇ」
「……なんだって?」
「俺は、俺の守りたいモノが、守れれば、それでいいんだよ…だからな、霊琥……」
弱くていい。辛いなら、涙を流したって構わない。かつて俺を苦しめた運命も、過去も、記憶も。それらを全部ひっくるめて受け入れてくれた、この環境が。注いでくれた愛情が。今の『弱い亮太』を作ってくれた。
その全部を否定し、壊し、奪おうとする霊琥は。霊琥にだけは。
「お前に負けるわけには、いかねェんだ…っ!!」
身綺麗に見えても、その実ボロボロだ。外殻の速度を上げても、内側には多大なダメージが蓄積される。鍛錬と慣れで、ある程度までは耐えられるが……それでも、この一撃が最後だ。
「また無謀な特効かな、お兄ちゃんッ!そろそろ無駄だって気付こうよ!」
「無駄かどうかは、見てから言えッッ!!」
正真正銘、最後の一撃。加速限界まで速度を付与し、射出。
「…最速で、最短で、真っ直ぐにっ!一直線にッッ!!」
飛んーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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ーーーーーーーーーーーーーーーっ。
「………ぅ、ぁが…」
…しん、ぞうの…こどう……を…か…そく…っ!
「…っぶはっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
荒い呼吸から、静かな深呼吸へ。大量の酸素を吸い、血中に溶かし、足の先から頭の天辺まで血流を巡らせる。ゆっくりと体全体に酸素を行き渡らせると、だんだん意識がハッキリしてきた。
「……っ!霊琥は!?」
慌てて起きあがろうとするも、まだ手足が痺れて上手く立てない。なんとか首だけを回して見やると。
「…………」
「…成功、したみたいだな」
驚いたような顔をした霊琥が、まるで石像のように固まって止まっている。
時間にして、おそらく数秒。けれど、亮太にとっては何時間にでも思えるような、長い時間が経ったような気がしていた。
「……はぁ…」
奪うのは、霊琥の移動速度。そう設定し、全速力の加速をした俺は、飛び出した瞬間に『脳の伝達速度を限りなくゼロに』した。おかげで、能力をギリギリキープしたまま、何かを考える余裕もなく、霊琥に触れる事が出来たわけで。
もちろん、それ相応のリスクもあった。脳の伝達速度を下げるということは、体すべての臓器の稼働速度も限りなくゼロとなり、ほぼ心停止する。運が悪いとそのまま死んでいたかもしれない。けれど脳は心臓が止まっても数分は生きていると言われている『らしい』ので……そこは、霊琥の能力を利用させてもらった…というわけだ。
「…まっ……たく…厄介な相手だったよ…お前は」
霊琥が自動迎撃が発動すると思い込んでいなければと考えると、ゾッとする。
組織の施設で更生して、お前の運が良ければ…あるいは。同僚として同じ仕事ができるかもしれないな。
「とにかく……まずはリサの救助だ」
手足の痺れが抜け、ふらふらとした足取りながらもリサの元に駆け寄る。未だリサの体には土槍が刺さっているが…血流の速度と、血を使って心臓を無理矢理動かせば、救護施設までは余裕で耐えられ………?
「……おかしい」
霊琥は止めた…それは間違いない。確認もしたし、観測もした。ならなぜ……まだリサは『土槍で貫かれて』いる?そもそも、なんでまだ俺は神殿の中にいるんだ?
「……っ!!!」
嫌な予感が脳裏をよぎり、それと同時に、背中に気配を感じる。振り向けばそこには……一丁のガスケット銃が。
「…なん、で……っ!」
なぜだ?能力者は止めた。あそこで固まっている霊琥が偽物だとか、そういうのは無い。アレは紛れもなく能力者本人だ。まさか、まさか霊琥の能力は…っ!!!
「完全独立型…っ!」
完全独立型の能力は、能力者が意識不明になっても能力の効果を発揮し続ける。その分、能力発現にはいくつかの条件が必要なのだが。
「やられた…っ!!」
霊琥は言っていたはずだ。『能力上、唯一の出入口を開けるのは無理だ』……と。つまりそれは。霊琥の能力は。
「『密閉空間内の法則をねじ曲げ、想像物を創造・操作する能力』っ!」
この能力の恐ろしい所は『誰が想像した物か』は含まれないという所だ。そして『操作するのも誰か』は含まれない。けれど、銃の銃口がこちらを向いていれば。まして、ほんの数分前に撃たれた記憶があれば。
「……ッッ!」
ほんのわずかでも考えただけで、ガスケット銃は発砲する。そして一発撃たれれば、フラッシュバックするのは数え切れないほど向けられた、ガスケット銃の銃口。
まばたき一回の間に、数えるのも億劫なガスケット銃が創造される。そしてきっとそれは、数分前の数よりも、圧倒的に多い。
「…これ、以上は……もう…」
またか。あるはずの無い貯蔵限界まで速度を奪わせられ。奪うのを止めれば蜂の巣にされ。貯蔵限界を超えてしまったら……どうなるのだろうか。安いB級特撮のように、派手に爆発四散でもするのだろうか。
「………クソッタレがぁぁぁぁ!!!!」
「発火っ!」
聞いたことのある声がして、突然周囲が炎に包まれる。何が起こったのか一瞬だけ分からなかったが、すぐに彩里の能力だと感づき。
「彩里!?なんでここに…!」
「説明はあと!この辺の変な能力はもうすぐ無くなるから、早く逃げなきゃ!助ける人はどこ?」
「えぇ…っと……?」
「早くっ!!」
「っ…ああ!とりあえずリサと、あそこで固まってるやつを……」
崩壊を始める神殿を、俺と彩里は大急ぎで脱出するのだった。
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翌朝、海のキャンプ場。
海から出る日の出を眺めながら、俺は沸かしたばかりのホットコーヒーを啜っていた。
「……インスタントなのに美味え…」
後日判明した事だが。霊琥の能力は精神作用の強い可燃性ガスを周囲に撒き散らすという事が発覚した。あの時は知らなかったが、彩里の能力でリサの土槍を燃やして救出し、固まった霊琥を担ぎ出して、なぜか操られているのに協力的だった大吾と一緒に、出入口の扉を燃やして脱出する。
ヘトヘトになった俺たちは泥のように眠りこけ、俺はゆっくり日の出をサカナにコーヒーを啜っているという所だ。
「ふぁ……G'morning…デス」
「あぁ、リサ。おはよう」
土槍を燃やした事で、刺されたという事実すら消えて無くなり、リサの体には傷ひとつ付いていなかった。
「…リョータ、昨夜のキオクが『カスミゲ』なのデスが……勝ったデス?」
「おぼろげ、な。まぁな。とりあえずあの木に縛ってあるよ」
亮太が指を挿した方に、霊琥が固まったまま木にくくりつけてあるのが見える。リサは寝ぼけた頭で霊琥に近づくと、手頃な大きさに縮小して袋に詰めた。
「…それで、何をDrinkingデス?」
「Coffee」
「……リサのマネデスか?」
「…飲む?」
「Milk&Sugarは多めでお願いするデス」
夏とはいえ、この時間はまだ肌寒い。簡単に薪を重ねて、小規模だが焚き火を開始する。
しばらくして、次に起きてきたのは彩里だった。
「…おはよ」
「おう。彩里もコーヒー飲むか?」
「ええ、いただくわ。もちろんブラックで」
…などと大人びた事を言っているが。俺は彩里のコーヒーにこっそりと砂糖を入れて手渡す。
「…ふぅ、あったまるわぁ……」
三人で朝日を眺めながら、田舎の年寄りみたくのほほんとしていると。最後の一人がテントから這い出てきて。
「ぉぉぉおおはよぉぉございまあぁぁぁぁぁぁぁぁすっ!!!」
「「うるさいッッッッッ!!!」」
「ミ、ミミガ……キンキンするデス…」
朝の情報番組でお馴染みの天の声かお前はッッッッッッッ!!!つーか元ネタが古すぎて俺以外分からんだろうが!!!!!!!!
「なんか昨日の昼くらいから記憶無いんだけど???誰か知らね??」
「知らないわよ!脳まで筋肉になって記憶海馬イカレたんじゃ無い!?」
「………かもな!まぁいいや。朝メシ作ろうぜ!」
はぁ……これなら、まだ別人格さんの方が良識あったぞ…?まぁある意味、万事解決して何事も無くなったって事でもあるんだけどね?大吾のこういう所は治ってて欲しかったなぁ……?
……こうして。俺たちの夏休みは、無事に終わりを迎えるのだった。
ご愛読ありがとうございます。
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