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魔女の煌めき屋【更新停止。続きは冬童話2026版で最終話まで投稿しますブックマーク移動よろしくお願いします】  作者: 黒井ここあ


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小さな火口(ほくち)(2)

 それはながい旅の果てのこと。

 故郷を旅立ったフェオドット青年があの高名なランプ職人リュスラーナ・ドラコナヴァの工房(アトリエ)にたどり着けたのは緑も色を失くす秋の中ごろだった。

 海と世界の端は、フェオが夢見たとおり、そして噂に聞いたとおりの場所だった。

 空を染めている星々のちりばめられた濃紫(こむらさき)は、永遠に続く宵の口、あるいは夜明けのよう。

 その真ん中にぽつねんと建つアトリエは丸い何かが寄せ集められたようであり、一つの毬のようでもあった。

 カヤネズミの巣みたいだと青年は思った。

 だが、暖かい光に満ちている。

 黄色い落ち葉がかさかさとはやしたてながら足元を転がってゆくけれど、フェオにはどれも同じ闇色に見えた。

 乾いた空気に乗ってやってくるのは何かがこんがりと焼ける匂いだ。

 ただし、パンやチーズのものではない。

 薪だろうかと訝りながら、フェオはアトリエの玄関にたどり着いた。

 それは見たこともないまん丸の扉だった。

 ガラスか水晶でできているらしく透明で、花束のように色とりどり。

 なんて鮮やかなステンドグラスだろう!

 胸がどきどきするのを押さえながら、深呼吸を繰り返す。

 おばあちゃんから聞いた通りにやればいい。

 歌は苦手だけど、大丈夫だろう。

 何度も何度も口の中で確認してからフェオは呼び鈴を鳴らした。

 りんろん、かららん、という愛らしい鈴の音がまるで彼を歓迎してくれているようだ。


ディンガドンドン ディンガドン

扉をあけて おくんなさい

リンガドンドン リンガドン

煌めきの魔女 リュスラーナ


ディンガドンドン ディンガドン

明かりを一つ くださいな

リンガドンドン リンガドン

ランプの魔女の リュスラーナ


 ここまで歌い終わると、再びあの鈴が、りんろん、かららん、と答えた。

 フェオはもちろん触れていない。

 驚く彼の目の前で呼び鈴が同じメロディをなぞる。

 鈴は二つしか繋がっていないのに何重ものハーモニーを奏で、体を震わせた。

 それは小さな教会の鐘、またはキリギリスの大合唱のようにも感じられた。

 ベルの応答が終わると丸いアトリエのこれまた丸いドアがごろりと転がって穴が開いたようになった。

 フェオがおっかなびっくりくぐるとふわりと暖かな明かりと空気に包まれた。

 扉は背後でごろりと音を立てながら再び外と中とを隔てた。

 夕暮れから赤みを抜いたような柔らかな明かりの中、フェオは首を回した。

 丸く、そして小さく見えていたアトリエは足を踏み入れてみれば屋敷のような広がりを持っていた。

 外からはわからなかったがところどころに扉とそっくりな窓がある。

 そこからは綺羅星が瞬く紫紺の空が見えた。

 まるで画に書いたようにくっきりとしている。

 そこから首を落とすとガラスのショーケースが三つ、テーブル代わりに立っていた。

 椅子は無い。

 ケースの中では黄色い光に煌めく色ガラスや鉱石が住まっていた。

 壁にびっしりと建てつけられた棚には見慣れた手持ちのランタンやランプ、そしてランプなのかどうかも怪しいガラス細工が所狭しと肩を並べている。

 そこに灯りを持つものはない。

 青年はこんなに明るいのに光源がどこにも見当たらないのが不思議でしかたがなかった。


「ごめんなさいね。今、ちょっと手が離せないの」


 突然フェオの耳にどこからともなく若い娘の声が届いた。

 いや、と彼は思いなおした。

 声音は娘のそれだがはつらつとした青さがなく落ち着き払っている。

 姿を求めてゆっくりと足を進めてみる。


「リュスラーナ、さん、ですか? 俺はフェオドット。ランプを買いに来ました」


「わかっているわ。ミュルクルから来る人はみんなそうだもの」


 緊張に擦れたテノールから数秒遅れて返事が聞こえてきた。

 なだらかな壁を転がってきたようだ。

 肯定も否定もされないと不安をあおられるものだ。

 フェオもその例に漏れなかった。


「どこにいるんですか? 俺はどうしたら?」


 次の返事は、無言だった。

 ショーケースの数と同じく、玄関よりやや小ぶりな真円の扉が三つ、左右と中央にあった。

 フェオは己の不注意を後悔した。

 そのどれかから魔女の声が聞こえていたはずなのに。

 顔を少し近付けてみる。

 彩りは鮮やかなのに向こうを透かして見ることはかなわない。


「あのう」


 青年の声は弱々しかった。

 ガラスの扉を震わせることなどできやしない、と発してから思った。

 おっかなびっくりになってしまう癖は故郷の王宮で見張りを務めるようになった今でも治っていなかった。

 もしかしたら動く音が聞こえるかもしれない。

 フェオはそう思ってまず鉱石のステンドグラスが綺麗な右の扉に耳をつけてみた。

 耳がひんやりしただけで何も聞こえない。

 次に真ん中の扉に聞き耳を立ててみた。

 すると小さくもしょもしょとした甲高い音が聴こえてきた。


「リュスラーナさん?」


 青年がおそるおそる声をかけるとぶつぶつ言っていた声がもっとくっきりした。


「人? 人ね! 入って! 入って!」


 それは魔女のメゾソプラノよりもずっと高くて、子どものそれのようだった。

 フェオが驚いて扉から離れると小さな呼び声は遠のいた。

 だが、その存在は扉越しにもはっきりと伝わってきた。

 姿は見えないし言葉も不明瞭。

 だが、癇癪(かんしゃく)を起こしてわめいているのがよくわかる。

 物語に謳われる魔女にも子どもがいるんだろうか?

 フェオが首をひねった時だった。


「助けて!」


 するとひときわ甲高くて大きな声が耳に飛び込んできた。

 青年のカラカラの喉がぎゅっと緊張に狭まる。

ここまで読んで下さりありがとうございます。幻想文学の黒井吟遊堂は2025年12月31日コミックマーケット107二日目【西1ホールむ08a】の配置。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。


手動更新。アラートおすすめ。

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