表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/84

最終話 おしあわせに。

 秋。


 イギリス。ロンドン郊外の小規模な古城。


 七海の大学卒業に合わせて、卒業記念パーティーが開かれている。


 七海にとって大切な人々が、総勢30名ほど、日本からゲストとして呼ばれていた。


 古城は、湖の中にある小島に建つ。


 城壁は灰色の石造り。丸みを帯びた塔を、いくつか内包している。正面にはアーチ状の門がある。そして石橋が、湖から城の入口まで続いていた。


 そんな姿が、湖面にも映り込んでいる。


 湖の外周は、公園として整備されている。芝生や林、庭園が続く。


 城には、宿泊施設が併設されている。今日は、みんなで、ここに泊まる。久しぶりのパジャマパーティーになる。


 大広間は飾り付けも控えめ。長い木のテーブルに、白いクロスと花が置かれているだけ。


 それでも石造りの壁と高い天井があるだけで、空気は十分に特別だった。


 人々が席につくと、料理が運ばれてきた。羊肉のローストや地元の野菜を使った温かい皿が並ぶ。


 ワインのグラスが、次々と満たされる。豪華さはないが、城の雰囲気と笑顔がそれを補って余りあった。


 テーブルの中央付近に座っていた七海が立ち上がる。


七海「皆様、今日は遠いところお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 久しぶりにみる七海は、やはり驚くほど凛として、清廉(せいれん)に整っていた。


七海「このたび、無事、大学を卒業することができました。皆様のおかげです。ほんとうに、ありがとうございました」


 拍手。「おめでとー」「良かったねー」「かわいいー」


七海「このまま大学院に行く予定です。っていうか、すでに大学院での研究を始めてます。なので、あまり卒業の実感はないのですが……」


 笑。「七海らしい!」「ちょっとは休みなよー」「止まれない七海!」


七海「今日は、めいいっぱい、楽しんで行ってください!」


 座りかけて、また、立ち上がる七海。


七海「そうだ! 私、いま妊娠してます。私、お母さんになります!」


 大きな拍手。「おめでとー」「すごいー」「やっぱりー」。笑。


 七海が座ると、今度は、南が立ち上がる。


南「白嶺から、あの日のウエディングドレスと、制服、ガウンを持ってきてます。食後に、蓮と七海さん、おふたりに着ていただき、集合写真を撮りたいです。皆様、よろしいでしょうか?」


 妊娠し、少しふっくらしていた七海。七海に、ドレスが着れるか、女性陣が協議している。ウエストのところを少し緩くすれば問題なさそう。


 お直しを想定していた南が、他数名のゲストと、食事を中断し、ドレスの改修を始めた。


蓮「南、それ、後でいいよ。みんなも食事、ちゃんと楽しんでほしい」


南「大丈夫。そんなに時間、かからないから。今晩のフライトで帰国しないといけないゲストが数名いるんだ。だから、この後すぐ、撮影しておきたい」


 ウェイターが、状況を察する。そして、ドレスの改修をしているゲストたちの配膳のペースを落とす提案をする。南は、流暢な英語で、それに答えている。


 幸せな時間が続く。


 事前に準備されていたスクリーンには、みんなの思い出の写真が次々と投影されていた。


 食後には小さなケーキが切り分けられ、シャンパンの乾杯が続く。ドレスの改修も、無事、終わっている。改修班も、美味しい食事を終えた。さあ、記念撮影だとなったとき。


 窓の外には湖が広がり、午後の光が水面を静かに照らしていた。


 そして。夢咲が立ち上がる。


 スクリーンに、いつのまにか、QRコードとパスワードが投影されている。


夢咲「みんな。私からみんなへのプレゼント。スクリーンのQRコード、読んで。クローズドのサイトだから、パスワードも入力して」


 みんなが、いっせいにスマホでQRコードを読み込む。ポチポチと、パスワードも入力した。


 サイトに飛ぶ。


『初恋を論文にしたら、なぜか査読が通らない件』


夢咲「私に関わってくれた、すべての方々への感謝を込めて。この論文を提出します」


 みんなが、親指でスマホの画面をスライドさせている。


 七海のたっぷりと濡れた瞳が、湖面よりもずっと強く、いつまでも輝いていた。



 繰り返し実証されている研究によれば、恋愛が人間を成長させる。


 この物語は、ある恋の始まりと、当事者たちの成長に関する研究成果をまとめたものだ。


 浅学非才(せんがくひさい)の身ながら、みなさまによる査読をお願いしたく、ご連絡差し上げた次第である。


 長谷川 夢咲



 窓からそそぐ、チリチリとした紫外線を身体に受けて、少女がいた。


 少女は、紫外線をあてると、内側から光を放つ鉱石だった。


 しかし、窓からの紫外線は、あまりに弱すぎた。


 だから誰も、少女から放たれる光をみることがなかった。


 少女は、自分は偽物だと思っていた。自分が、嫌いだった。


 そこに、強い紫外線を持つ少年が現れた。


 かすかに、少女から光が放たれた。


 少女は、自分の中に光があるだなんて、知らなかった。


 少女は、自分に光を教えてくれた少年に、恋をした。


 少女は、必死に光を増やし続けた。そして、自分を好きになれた。


 光はやがて、永遠の愛へと変わった。


 窓からそそぐ、チリチリとした紫外線を身体に受けて、少女がいた。




 おしあわせに。




こんなにも長い物語を、こうして最後までお読みいただき、ありがとうございました。とても、とても嬉しいです。


コメントなど、この作品にリアクションいただいた多くの皆様、本当に励みになりました。ありがとうございました。


皆様のおかげで、こうして最後まで書き切ることができました。


厚く御礼を申し上げつつ。


八海クエ


#初恋論文

Xアカウント https://x.com/yakkaikue

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すごく良かったです! 最初はひとりだった七海が恋と友人を得て、迷いながらも成長し、自分の学んだものを広げていく……本当の光を得るだけでなく、その輝きで周囲を惹きつけるまでになる過程がとても丁寧で引き込…
素敵でした!七海と蓮を素直に祝福したくなりました。 お母さんになるのですね。七海なら幸せな家庭築けそうですね。
えー!夢咲だった! 長谷川夢咲になってるし。 やられた。涙が吹き出しました。 最高でした。 掛け値なしに面白い。素晴らしい作品でした。 ありがとうございます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ