最終話 おしあわせに。
秋。
イギリス。ロンドン郊外の小規模な古城。
七海の大学卒業に合わせて、卒業記念パーティーが開かれている。
七海にとって大切な人々が、総勢30名ほど、日本からゲストとして呼ばれていた。
古城は、湖の中にある小島に建つ。
城壁は灰色の石造り。丸みを帯びた塔を、いくつか内包している。正面にはアーチ状の門がある。そして石橋が、湖から城の入口まで続いていた。
そんな姿が、湖面にも映り込んでいる。
湖の外周は、公園として整備されている。芝生や林、庭園が続く。
城には、宿泊施設が併設されている。今日は、みんなで、ここに泊まる。久しぶりのパジャマパーティーになる。
大広間は飾り付けも控えめ。長い木のテーブルに、白いクロスと花が置かれているだけ。
それでも石造りの壁と高い天井があるだけで、空気は十分に特別だった。
人々が席につくと、料理が運ばれてきた。羊肉のローストや地元の野菜を使った温かい皿が並ぶ。
ワインのグラスが、次々と満たされる。豪華さはないが、城の雰囲気と笑顔がそれを補って余りあった。
テーブルの中央付近に座っていた七海が立ち上がる。
七海「皆様、今日は遠いところお集まりいただき、誠にありがとうございます」
久しぶりにみる七海は、やはり驚くほど凛として、清廉に整っていた。
七海「このたび、無事、大学を卒業することができました。皆様のおかげです。ほんとうに、ありがとうございました」
拍手。「おめでとー」「良かったねー」「かわいいー」
七海「このまま大学院に行く予定です。っていうか、すでに大学院での研究を始めてます。なので、あまり卒業の実感はないのですが……」
笑。「七海らしい!」「ちょっとは休みなよー」「止まれない七海!」
七海「今日は、めいいっぱい、楽しんで行ってください!」
座りかけて、また、立ち上がる七海。
七海「そうだ! 私、いま妊娠してます。私、お母さんになります!」
大きな拍手。「おめでとー」「すごいー」「やっぱりー」。笑。
七海が座ると、今度は、南が立ち上がる。
南「白嶺から、あの日のウエディングドレスと、制服、ガウンを持ってきてます。食後に、蓮と七海さん、おふたりに着ていただき、集合写真を撮りたいです。皆様、よろしいでしょうか?」
妊娠し、少しふっくらしていた七海。七海に、ドレスが着れるか、女性陣が協議している。ウエストのところを少し緩くすれば問題なさそう。
お直しを想定していた南が、他数名のゲストと、食事を中断し、ドレスの改修を始めた。
蓮「南、それ、後でいいよ。みんなも食事、ちゃんと楽しんでほしい」
南「大丈夫。そんなに時間、かからないから。今晩のフライトで帰国しないといけないゲストが数名いるんだ。だから、この後すぐ、撮影しておきたい」
ウェイターが、状況を察する。そして、ドレスの改修をしているゲストたちの配膳のペースを落とす提案をする。南は、流暢な英語で、それに答えている。
幸せな時間が続く。
事前に準備されていたスクリーンには、みんなの思い出の写真が次々と投影されていた。
食後には小さなケーキが切り分けられ、シャンパンの乾杯が続く。ドレスの改修も、無事、終わっている。改修班も、美味しい食事を終えた。さあ、記念撮影だとなったとき。
窓の外には湖が広がり、午後の光が水面を静かに照らしていた。
そして。夢咲が立ち上がる。
スクリーンに、いつのまにか、QRコードとパスワードが投影されている。
夢咲「みんな。私からみんなへのプレゼント。スクリーンのQRコード、読んで。クローズドのサイトだから、パスワードも入力して」
みんなが、いっせいにスマホでQRコードを読み込む。ポチポチと、パスワードも入力した。
サイトに飛ぶ。
『初恋を論文にしたら、なぜか査読が通らない件』
夢咲「私に関わってくれた、すべての方々への感謝を込めて。この論文を提出します」
みんなが、親指でスマホの画面をスライドさせている。
七海のたっぷりと濡れた瞳が、湖面よりもずっと強く、いつまでも輝いていた。
◇
繰り返し実証されている研究によれば、恋愛が人間を成長させる。
この物語は、ある恋の始まりと、当事者たちの成長に関する研究成果をまとめたものだ。
浅学非才の身ながら、みなさまによる査読をお願いしたく、ご連絡差し上げた次第である。
長谷川 夢咲
◇
窓からそそぐ、チリチリとした紫外線を身体に受けて、少女がいた。
少女は、紫外線をあてると、内側から光を放つ鉱石だった。
しかし、窓からの紫外線は、あまりに弱すぎた。
だから誰も、少女から放たれる光をみることがなかった。
少女は、自分は偽物だと思っていた。自分が、嫌いだった。
そこに、強い紫外線を持つ少年が現れた。
かすかに、少女から光が放たれた。
少女は、自分の中に光があるだなんて、知らなかった。
少女は、自分に光を教えてくれた少年に、恋をした。
少女は、必死に光を増やし続けた。そして、自分を好きになれた。
光はやがて、永遠の愛へと変わった。
窓からそそぐ、チリチリとした紫外線を身体に受けて、少女がいた。
おしあわせに。
こんなにも長い物語を、こうして最後までお読みいただき、ありがとうございました。とても、とても嬉しいです。
コメントなど、この作品にリアクションいただいた多くの皆様、本当に励みになりました。ありがとうございました。
皆様のおかげで、こうして最後まで書き切ることができました。
厚く御礼を申し上げつつ。
八海クエ
#初恋論文
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