第79話 カイオの試合
夏休みのある日。バスケ部の公式戦があった。
クーラーが稼働しているのに、体育館の空気は蒸し暑い。大柄な選手たちから立ちのぼる熱気が、観客席にまで届いていた。
区予選の決勝。
カイオたち3年生にとっては、これが最後の公式戦となる。勝てば都大会へ、負ければ引退。シンプルで残酷な条件が、試合前から誰もを緊張させていた。
笛が鳴り、試合が始まる。
序盤こそ互角の展開だった。しかし、時間が進むにつれて相手校の力強さが際立っていく。速攻、リバウンド、正確なシュート。少しずつ点差が開き、終盤には逆転の望みが薄れていた。
それでも、カイオはコートを走り続けた。持ち味の跳躍力とバネを生かし、リバウンドを取りに飛び込む。声を枯らして仲間に指示を飛ばす。
最後まで、みんなを勇気づけようとする。カイオらしい姿だった。
だが、疲労は明らかだった。膝に手をつく場面が増え、シュートの精度も落ちていく。それでも笑顔を作って声を出すカイオ。仲間たちは、必死にプレーで応えようとした。
残り2分。ベンチから蓮の名前が呼ばれる。蓮は、数理研究を優先し、ずっと幽霊部員だった。なので蓮は、補欠としてベンチ入りしていた。3年の補欠が、呼ばれる。その意味は、誰にでもわかる。
残り2分。18点差。
北高メンバーは、誰一人として手を抜こうとはしない。ベンチにいる後輩たちも、枯らした声を絞り出すようにして、応援をさらに強める。
感謝と別れの匂い。絶対に、忘れない。焼き付けろ
七海は流れる汗もそのままに、祈っている。美月は棒立ちになり、プレーを凝視している。夢咲はスマホで動画を撮りながら応援を止めない。長谷川は腕を組んだまま、食い入るように試合をみていた。
残り時間が10秒を切る。
蓮がトップでボールをキープする。相手ディフェンスが2人がかりで迫ってきる。観客の歓声が渦のように高まり、時間が一瞬だけ伸びたように感じられた。
蓮の視線は前を向いたまま。
右手のスナップだけで、ボールが宙に放たれる。ノールック。
スローモーションのようにボールは空間を切り裂き、カイオの両手に吸い込まれる。カイオは一瞬だけ目を見開き、迷わずゴールへ跳び上がった。
力強いステップからのレイアップ。ボールは一才の摩擦もなく、リングに飲み込まれた。
試合終了。
カイオはその場に崩れ落ちた。両膝をつき、顔を覆う。肩が大きく震え、抑えきれない涙が床に落ちていく。カイオ、北高バスケ部での日々。その、すべてが、いま終わった。
蓮は、無言でカイオの脇に腕を入れ、力強く引き上げる。抵抗するように崩れかけたカイオの体を支え、そのまま相手チームの列へと導いていく。礼。
初めてカイオと蓮が出会ったとき。七海もその場にいた。
◇
カイオ『御影くん? ちょっとだけ、時間、いいかな?』
御影『いいけど、なに?』
◇
人が出会い、ともに行動し、別れること。
——なんて、キレイなんだろう。
カイオと蓮のこの姿は、高校最後の夏の記憶。いつまでも、消えることはい。
最終章。第79話です。読んでいただき、ありがとうございます。ほんとうに嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
トーナメント戦。ただひとつのチームを除けば、あとは全部、負けになります。負けを量産するのが、トーナメント戦なのです。負けることが、ほぼ確実なのに、チャレンジする。胸にくるものがあります。
引き続き、よろしくお願い致します。




