第58話 うんこ漏らせ
夢咲「あんたら、もしかして、喧嘩してんの?」
5時間目と6時間目の間、その休み時間。
職員室の前で、偶然、プリントを取りに来た七海と、担任に呼び出されていた夢咲が鉢合わせた。
七海「喧嘩なんか、してないよ。ただ、また、私がおかしくなっちゃったの」
夢咲「なんだなんだ? また、久しぶりにパジャマパーティやる?」
七海「うん。お願いしたい。美月にもいてもらいたい」
夢咲「おお、なんか楽しくなってきたぞ。私ら3人のグルチャに投げとく」
七海「場所は……うちだと、蓮くんもいるから……」
夢咲「じゃあ、今回は、うちでやっか」
七海「夢咲の家? 前に、一度だけ、みんなでお邪魔したこと、あったね」
夢咲「みんなからのお手紙朗読会。いまも、話題になるよ。あれは、思い出しただけで、やばい。泣ける」
◇
夢咲の家にやってくる七海と美月。
夢咲のご家族への挨拶を終え、食事と風呂も済ませ、パジャマ姿の3人。
夢咲の部屋は、普段の夢咲からは想像できない、ピンクと水色、パステルカラーで構成された、ぬいぐるみの多い部屋だ。スチームパンク系の小物やオブジェ。そして、膨大な量の小説がある。
美月「あんた、やっぱり多重人格だよね? この部屋、あんたのキャラと違いすぎて脳がバグる」
夢咲「前にも言ったでしょ。『分人』って。まあ、多重人格でもいいよ。それで苦労はしてない。なんで、このままでいい。長谷川くんにも、キャラが複数いて面白いって言ってもらえてるし」
美月「で、どうなの? 七海、あなた、蓮と喧嘩してる?」
七海「いきなり? いきなり本題?」
夢咲「なんか、長くなりそうな予感ある。だから、私も美月に賛成。他の話題やってると、本題の時間が足りなくなりそう」
七海「わかった」
美月「どんと、こい」
少しの静寂。
七海「あのね。私、蓮くんがこわいみたいなの」
夢咲「は? 学校でも蓮といちゃついてる七海が? 公害レベルで、いちゃついてるのに?」
美月「こわいって、あなた。蓮のおかげで、他の男性とも話せるようになったんでしょ?」
七海「うん。だからこそ、みたいなんだ」
夢咲「?」
七海「これから多分、夢咲も経験すると思う。始めは、もっと知りたいだけなの。でもね、お互いのこと、色々とわかってくると、こわくなる」
夢咲「先輩ズラか? 私は、結構、恋愛経験、豊富だぞ。過去を思い出したくないだけで」
七海「ごめん、そんなつもりじゃ」
美月「からかうな、夢咲」
夢咲「悪い。七海、続けて」
ひと呼吸あって
七海「これから、もっと私のこと、蓮くんに知られる。本当の私は、可愛くない。誠実でもない、弱い人間なの。それを知られたら、私、蓮くんに嫌われちゃう。否定的に評価されて、離婚されちゃう」
七海「でね。潜在意識では、きっとまだ、男性がこわいの。だから、蓮くんから肯定的に……性的に、真剣に求められても、最後の最後で、拒否しちゃうかもしれない」
七海「蓮くんに、否定されたくない。でも、肯定されるのも、こわい……んだと思う」
美月「板挟み」
夢咲「だから、もうこれ以上、蓮に近づきたくないと。大好きなのに。もっともっと、好きになりそうなのに……で、会話すらまともにできなくなった」
沈黙。七海に抱きつく、夢咲と美月。しんみりとしたムードの中、
夢咲「七海。おまえ、蓮の前で、うんこ漏らせ」
七海「は?」
夢咲「うんこ漏らせ」
七海「なに? 意味がわからない」
美月「まずさ、肯定的と否定的な評価についてだけど」
七海「うん」
夢咲「蓮は、七海のこと、否定的な評価なんて、しない。うんこ漏らしても。で、そこからしか、始まらない」
美月「そう。まず、蓮が七海のこと、否定的に評価するなんて、ない。うんこ漏らしても」
七海「いや、うんこって」
夢咲「一番、みられたくないことしても、大丈夫。それ実感すれば、問題は半分になる」
美月「まあ、私がその経験者でな……例え話じゃなくて、お腹痛くて、ガチで漏らした」
夢咲「美月はさ、カイオの目の前で、うんこ漏らしたこと、あるんだ」
美月「カイオ、戸惑ってた。でも、私がうんこ漏らしたことじゃなくて。焦ってる私を、どうなだめるかで、戸惑ってくれた。少しでも、私が恥ずかしい思いをしないで済むよう、頑張ってくれた。もう、それで私は、『この人と結婚するんだ』って思った。『この人の子ども、産みたい。その場に立ち会ってもらいたい』って思った」
夢咲「七海もさ、いつか、蓮に、出産に立ち会ってもらうんだろ? で、出産なんて、普通、うんこ漏らしながらやるんだよ? イメージ、つく?」
七海「考えたこと、なかった」
美月「いちばん恥ずかしい自分をさらすことができる。そういう人じゃないと、結婚できない。七海は、そう思わない? っていうか七海、あんた事実婚してるんだよね?」
夢咲「事実婚してる、その事実に、七海は追いついてない。付き合ってるだけで、実際には、結婚できてない。厳しいけど、それが、ほんとうのこと」
七海「そうかも……しれない」
美月「自分を良くみせようとしなくていい。一番恥ずかしい自分をみせても大丈夫なこと、まず、確認すればいい」
夢咲「美月みたいに、物理的なうんこじゃなくていい。恥ずかしいこと、全部、ぶちまけろや」
美月「いや、物理的なうんこでいいでしょ? だいたい、うんこ漏らしたくらいで離婚になるような奴と結婚しちゃダメだって」
夢咲「なんか私が……ヤダ」(乙女モード)
美月「なんで急に可愛くなるんだよ、夢咲! ギャップ萌え、ずるい!」
一同、笑う。
◇
次の日の夜。七海と御影、ふたりの寝室にて。
七海「私、これから、うんこ漏らします!」
御影「は?」
七海「私は、小学生2年生のとき、いじめられてるクラスメートがいたのに、先生にも誰にも、そのこと、言えませんでした!」
七海「小学4年生のとき、クラスメートが万引きしているのをみても、誰にも相談できず、そのまま、みてないフリをしました!」
——もう、だめだ。嫌われた。でも
七海の目に、涙がたまり始める。御影が、パジャマ姿の七海を抱きしめる。抱きしめられても、七海は、懺悔を止めない。
七海「中学のとき、私に告白してきた男子がいました。その男子には、彼女がいました。その彼女は、私をいじめてた人です。だから、『ザマあ』って思いながら、ふりました。で、その男子が私に告白してきたことを、その彼女に伝わるように、わざと彼女と仲がよかった別のクラスメートに相談しました! ふたりは、別れました! とても嬉しいと感じました!」
涙が流れ続ける泣き虫、七海。それでも、声も言葉も、はっきりしている。
——少しも、誤魔化してはいけない。蓮くんに、同情されては、いけない
七海「これも中学のとき。スーパーで、半額になっているパンがありました。ずっと、食べてみたかったパンでした。で、そのパンを手に取ろうと思ったら、小学生らしき男の子が、先に、それを手にしました。私は、その小学生に向かって、『それ、古いから、おなか壊すよ』と言いました。そうして戻されたパンを買ったのは、私です!」
——全部、伝えないと。これ以上、蓮くんをだますようなこと、できない
七海「高校に入って、スマホを持つようになって、SNSの裏アカを教えてもらいました。裏アカには、悪口が、たくさんあります。でも私は、自分の悪口がなければ、それでいいって思ってます。夢咲と美月の悪口をみても、何もしないんです!」
七海「この間の中間試験で、たまたま、斜め前の人の答案が見えて、自分の答えと違うことがありました。そこで確認してみると、その人の回答が正しくて、私は間違ってました。私は、迷うことなく、自分の回答を修正しました!」
七海「それから、それから、ええと……」
御影「俺から、いいかな?」
オロオロしている七海。問われていることに、はたと気づいて
七海「はい」
御影「ありがとう。嬉しい」
七海「え?」
御影「大丈夫。全部、どうでもいい」
七海「どうして? 私は、弱くて、誠実じゃなくて、カンニングだってする。偽物なんです」
御影「それでも、七海のことが、大好きだ。それが、俺の本心だよ」
七海「……」
——どうして?
御影「七海。君のことが、大好きだ。君と死ぬまで一緒にいたい。君にとって恥ずかしいことは、僕にとっても恥ずかしいことだ。君が嬉しいことは、僕にとっても嬉しい。そうして、ずっと一緒にいよう」
七海「いいの?」
御影「俺が、七海と一緒にいたいんだ。七海が、俺に許可を求めることじゃない」
しばし、沈黙。
御影「こういうの、愛って言うんだと思う。七海、俺は君のことを、愛してる。君が、どんな罪を犯していてもいい。俺に、隠していてもいい。でも俺は、変わらない」
七海「私、でも、一番大事なところで、蓮くんのこと、拒否しちゃうかもしれない」
御影「間違ってる」
七海「?」
御影「七海は、子どもを作る行為を『一番大事』って言ってるよね?」
七海「はい」
御影「それは、俺にとっては、一番大事じゃない。俺にとっては、七海の気持ちが、一番大事なんだ。だから、このままもし、死ぬまで、そういうことが無くても、我慢できる」
御影「七海。俺の本気を疑うなよ。俺の人生は、おまえのためにあるんだ。白嶺でのこと、忘れてないよな? 白嶺の、あいつらのこと、馬鹿にするな。俺にとって七海は、自分の命よりも、ずっと大切なんだ」
——どうして?
御影「七海。俺は、おまえのことを、愛してる。俺は、おまえの全てを、弱くて、情けないところも含めて、失敗だって、全部、肯定する」
——どうして?
御影「七海、愛してる」
これで、第58話までお読みいただけたことになります。本当に嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
汚いタイトルで、ごめんなさい。何回か考え直し、実際に修正もしました。ですがやはり、このエピソードでは「不快感」が大事だと思い、これをタイトルとしています。ごめんなさい。
引き続き、よろしくお願い致します。




