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第40話 新たな住まいへ

 白嶺学院でのサプライズでもらった、生徒たちからの「お祝い」の手紙が、段ボール4箱分もある。


 六畳一間のアパートでは、とても抱えきれない。そこでいよいよ、広い家に引っ越しするとなった。


 家賃は抑えたい。そうなると、古くて広い一軒家か、少し広さを我慢して新しいアパートというあたりが妥当と、家族で話し合った。


 この冬休みは、クリスマス、正月と一通りのイベントを、家族で楽しく過ごした。そして、休みの残りを利用して、この家族は、色々な物件をみて回っている。


——世帯収入は、二馬力。もう、心配いらない


 御影は、個別指導塾のバイトと、試験問題作成のバイトを辞めている。塾講師はリモートでやれないことと、もっと時給が高い仕事をみつけたからだ。


 七海との時間を犠牲にせず、金銭的な自立も実現する。さらに、七海が医学部に入学し、勉強していく将来のための貯金もしたい。


 御影は、日本に滞在しながら、アメリカの大手企業から、リモートワークで直接、仕事を受けるようになっている。そのために、御影は個人会社を立ち上げて、社長になっていた。


 現時点でも、御影は、時間に余裕がある状態で、月額50万円くらいの収入がある。さらに今後、実績を示していければ、報酬は青天井だ。こうしてこの家族は、毎月、貯金ができるようになった。


 御影くらい、能力があると、稼げるお金がこんなにも違う。しかも、仕事の変更も、普通の人よりも容易そうにみえる。そのことに、七海と七海母は、驚いた。


 能力は、遺伝で決まる部分も大きい。そう考えると、稼げる人と稼げない人の間には、絶望的な差があることに、七海は、モヤモヤした。


 とはいえ、家計が楽になることは、嬉しい。看護師長となった七海母と合わせて、二馬力の家計である。モヤモヤするけれど、この問題について考える余裕は、まだ、この家族にはない。


——『運命』任せにせず、最適な物件を探す。


 七海は、物件に求められる条件を考え、論文検索を行っている。七海の母親は、「とにかく収納が多くて、機能的な物件がいい」と主張した。


 しかし七海は、「人間関係が良くなる物件」について調べている。ブレない。生活は、機能ではない。七海にとって生活は「家族関係を育てる」、七海なりの医学の実践の場である。


——動線の設計。


 そこでみつけたのは、1950年に書かれた古い論文だった。「ぶつかりやすい動線」をつくることで、偶然の接触を増やすことがポイントなのだという(※1)。


 階段、郵便受けなど「日常で必ず通る動線」では、「すれ違い→挨拶→会話」の確率が高まる。七海は、こうした動線設計を考えながら、さらに論文を検索した。


——階段など「人の流れが集中する場」の近くに住むほど、友人が増える。


 階段・出口など人の流れが集中する位置が「中央に、見やすく」配置されている家を選ぶ。扉が、その近くに面するように計画するといい(※2)。


——分断する長い廊下をやめ「動線上の共有ラウンジ」で人を交差させる。


 居室を分ける長い廊下を置かず、「通り抜け動線上」に、ラウンジや学習コーナーを設置。ラウンジが「通るついでの滞在」を生み、分断されていた集団が混ざる(※3)。


——「滞在余地」を動線沿いに作る(中庭・腰掛けなど)。


 中庭・腰掛けなど、動線の通行者と「目が合う、一言交わす」ための「滞在余地」を設ける。見る・見られる→挨拶→会話が進み、関係性が有意に高まる(※4)。


——古いビンテージ感のある住宅に暮らす。


 歴史ある家・街に住むほど、所属感や自己同一性が強まり、リラックス感や自尊心など多面的ベネフィットが得られやすい(※5)。


 古くて、機能面での問題が多すぎるのは良くない。が、歴史を感じさせる古さであれば、利点もあるということ。


——家族で銭湯を利用する。


 銭湯の利用が、家族関係に影響するという研究は、みつからなかった。ただ、入浴は気分の改善・弛緩・睡眠の質向上など「対人交流の下地」を整える効果が報告される(※6)。


 リラックスした状態は家族の会話を促進しやすいとのこと。


 銭湯を利用すれば、家族みんなで銭湯を往復する時間が確保できる。さらに、順番に入浴するのではなく、同時に入浴するため、「家族交流の下地」が同時に整えられる。


 おそらく、銭湯からの帰り道が、家族にとって大切な思い出になる。


——夫婦の寝室は分ける?


 七海母は、七海と御影の寝室を一緒にすることには大反対。「リスのような顔して、中身はライオン」とまで言われた七海。そこで、この点に関しても、論文を調べてみた。


 睡眠が荒れると、夫婦関係も荒れやすい(※6)ことがわかった。七海は、大声で寝言を言う癖がある。それを御影に指摘されて、恥ずかしい思いをしている。


 本当は、一緒に寝たいけど、御影の睡眠の邪魔をするのはマズい。七海は、こうした複数の要因から、御影と寝室を分けることに合意した。その代わり、「おやすみのキス」をしてもらう条件を引き出している。


——寝言の癖が、治るまでの我慢



 中庭のある、廊下が短く、ところどころにソファやベンチを置くことができるような家。風呂の条件が悪く、賃料が安くなっているとベスト。そんな物件が良いと、七海は思っていた。


 七海はさらに、リモートの仕事や勉強は、共有スペースで行うようにして、それぞれの部屋は寝室として扱い机を置かないようにするなど、インテリアについても、考えていた。


 そうしているうちに、賃貸に出ていた、歴史を感じさせる、古い一軒家が見つかった。


 大家さんが、風呂の修繕費用を出したくない。なので、このまま古い風呂を使ってもらえる入居者を探しているという。その分、家賃が安い。


 七海母は、キレイな風呂のある、新しいアパートがいいと主張した。しかし、七海は論文を手に、七海母を説得した。「銭湯を利用することが、みんなにとって良いことなの」と、この物件を七海が強く推した。


 七海お気に入りの古い一軒家。いつからでも入居が可能とのこと。そこで、1月中の引っ越しとなった。


 この物件に決まり、リサイクルショップで家具を揃えた。七海は、御影と家具を探している自分が、いまだに少し信じられない。こんなに幸せで良いのだろうかと、むしろ不安になる。


 新学期が開始されてからの週末、夢咲と美月、カイオが、引っ越しの手伝いに来てくれた。そのまま、新しい家に泊まってもらうことになった。


 みんなで銭湯に行く。カイオがいると、御影が男湯で一人にならないのが、ありがたい。


 銭湯から戻った。


 まだ、後片付けの終わっていないリビングに5人がいる。白嶺サプライズ当日のDVDを、みんなで鑑賞しながら、ジュースやお茶で乾杯する。


夢咲「あ、蓮が泣いてるー」


カイオ「こんな規模のサプライズ、聞いたこともないよ」


美月「やっぱ、白嶺ってすごいね。頭がいいことよりも、熱いところがいい」


夢咲「にしても、七海の演説、すげーなこれ。あっちじゃ『勝利宣言』って呼ばれてるらしいよ」


七海「恥ずかしい……自分じゃないみたい」


美月「芯のところは、昔のままだけど……七海、本当に変わったよね」


 この空間は、七海のこだわりによって細部まで設計されている。居心地が良い。この家が、みんなの試験勉強や受験勉強、イベントの企画や休みの集合場所になっていくのも当然だった。

もう、かなりのところ、第40話まで、お読みいただきました。ありがとうございます。本当に、嬉しいです。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


今の社会は、色々と大きく変化しています。高校生でも、能力さえマッチングすれば、御影のように稼げる人が増えています。真面目で一生懸命な人が稼げるわけではないところが、やはり、どうしてもモヤモヤします。


引き続き、よろしくお願い致します。


参考文献;

1. Festinger, L., Schachter, S., & Back, K. (1950). Social Pressures in Informal Groups: A Study of Human Factors in Housing. New York: Harper & Brothers.

2. Festinger, L., Schachter, S., & Back, K. (1950/1963). Social Pressures in Informal Groups: A Study of Human Factors in Housing. Stanford University Press.

3. Heilweil, M. (1973). The Influence of Dormitory Architecture on Resident Behavior. Environment and Behavior, 5(4), 377–412.

4. Skjaeveland, O., & Gärling, T. (1997). Effects of Interactional Space on Neighbouring. Journal of Environmental Psychology, 17(3), 181–198.

5. Scannell, L., & Gifford, R. (2017). The experienced psychological benefits of place attachment. Journal of Environmental Psychology, 51, 256–269.

6. Wilson, S. J., Jaremka, L. M., Fagundes, C. P., Andridge, R., Peng, J., Malarkey, W. B., Habash, D., Belury, M. A., & Kiecolt-Glaser, J. K. (2017). Shortened sleep fuels inflammatory responses to marital conflict: Emotion regulation matters. Psychoneuroendocrinology, 79, 74–83.

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