第21話 祝福
日曜日の午後。
計画通り、七海と御影のお披露目会が開催された。
第一弾は、矢入 美月の家族への紹介だ。
各家族の迷惑にならないよう、夕食前には帰る約束となっている。それと七海がお金のことで気を使わないよう、手土産の持参は禁止としていた。
集まったのは、御影、七海、夢咲、美月、カイオ、そして七海の妹の美香(5)。
以前、七海が倒れた夜にお世話になって以来、美香は矢入家に慣れている。
美香「おばちゃん! きたよ!」
美月母「美香ちゃん、また会えて嬉しいわ!」
矢入家には、美月の父母、弟(10)と妹(8)がいる。
美月の弟と妹は「今日のお姫さまは美香ちゃん」と宣言した。それから3人で、リビングの隅に「王国」を築き始めている。
矢入家のリビングでは、コーヒーと紅茶が、それぞれの好みに合わせて準備された。クッキーなどの軽いつまみも用意されている。
まずは自己紹介。
夢咲「楢崎 夢咲です。美月と七海の親友です。あと、にぎやかし係やってます。いつもご迷惑ばかりおかけして、ごめんなさい。今後も、ますますご迷惑をおかけします」
カイオ「以前、ご挨拶に伺った、鈴木 カイオ 勇太です。美月さんとは、中学2年の頃から、お付き合いさせていただいてます。美月さんとの将来も、僕なりに真剣に考えてます。御影くんとは出会って間もないのですが、かなり仲良しです。今日は、楽しみです」
美月「え? 私もやるの? えー、美月です。七海と夢咲の親友で、カイオの彼女です。御影のことは、まだよくわかってないです。ただ御影が七海の横に立っても引けを取らない超絶イケメンであることは認めざるを得ません。お父さん、お母さん、いつもありがとう」
そして、最後の一組。
美月が視線で合図する。美月のアイデアで、主役となる七海と御影は、自己紹介ではなくパートナー紹介(他己紹介)という形式を取ることになっている。
七海「藤咲 七海です。本日は、私たちのお披露目会のため、お時間をいただきありがとうございます。その……私が『将来を約束している彼氏』、御影 蓮くんをご紹介します。蓮くんは5歳のときに、保育園で私と出会っています。当時、蓮くんは同じく5歳だった私に告白してくれたのですが、すれ違ってしまいました。そのまま10年もすれ違っていた私をみつけてくれて、私に会うために神戸からわざわざ北高に転校してきてくれました。北高では、まだ蓮くんのお友だちといえる人はカイオくんだけです。ですが、カイオくんと仲良くしていれば、自然とお友だちが増えると思います。蓮くんは、頭が良くてなんでもできちゃう人です。その上、とても優しくて、強い人です。色々とできた人すぎて、最近は蓮くんが誰かに取られちゃうんじゃないかって不安です。今日は、よろしくお願いします」
御影「御影 蓮です。本日は、僕たちのために時間を作っていただき、ありがとうございます。『将来を約束している彼女』である藤咲 七海さんをご紹介します。まず、七海さんにとって美月さん、夢咲さんのおふたりは、七海さんの人生でできたはじめての友だちであり、親友です。これまでの七海さんは、魅力的に過ぎて多数の男性からアプローチされ、女性からもいじめられ、結果として男性に恐怖を感じるようになってしまっていました。そうした中、僕は運良く、七海さんが男性が苦手になる前に出会っていたからか、受け入れてもらえました。七海さんは自分の大切な人のために全力になれる人です。成績優秀で生活態度も真面目な人ですが、こう見えて、義理人情に厚く、大切な人のためならば、ルールでもなんでも無視して突っ走るようなカッコ良さのある人です。今日は、よろしくお願いします」
美月母「美男美女というだけでなくて、成績も、性格までいいなんて、この世界はなんて不公平なのかしらね! とにかく、よかったねー! おばさん、嬉しいよー。御影くん。七海さんのこと、泣かせたら、おばさん、許さないんだからね! みんな、美月のこともよろしくね!」
美月父「みんな、いつも美月と一緒にいてくれて、どうもありがとう。御影くん、藤咲さん、素晴らしいカップルだね。美月は、こうして友だちにも恵まれて、カイオくんみたいな素敵な彼氏もできて、もう、親として心配することがないよ。あとはみんなで高校生活をめいいっぱい楽しんでもらえたらと思ってます。これからも、どうか美月のこと、よろしく頼みます」
ここでサプライズ。
御影「えー、サプライズします。美月さんへの感謝の気持ちを込めて。今日、集まった皆が、それぞれに感謝状を持ってきました。これから、ご家族の皆様にも知っていただきたい、美月さんの素晴らしいところをお伝えします」
美月「え? なに? なんなの? もう泣きそうなんだけど……」
御影「では、まず僕から。美月さんへ。今回のお披露目会を企画してくれたのが、そもそも美月さんでした。美月さんは仲間思いで、世話焼きで行動力のあるリーダーだと尊敬しています。君がいなければ、そもそも僕は七海とどうなっていたかわかりません。僕が自分のなすべきことに迷っていたとき『意気地無し!』と、電話で怒鳴りつけてくれたのが美月さんでした。あの一言で、僕は目が覚めました。それで僕は七海とまっすぐ、逃げることなく話をする勇気をもらったのです。それでこうして七海との幸せないまがあります。ほんとうに、ありがとう。君がいなければどうなっていたかと思うと、怖くなります。僕と七海のこと、これからもよろしくお願いします。もしカイオが、君を泣かせるようなことがあれば相談してください。必ず、君の助けになりたいと思っています。御影 蓮」
美月の弟、妹、美香が、こちらの話を静かに聞き始めた。大事なことだと、子どもたちも理解している。
七海「次、私、行きます! 美月へ。美月と夢咲が、私にとってはじめてできた友だちで、親友です。美月は、私が美月たちと一緒に展示会を回らせてくれないかとお願いしたとき『私らと一緒にいると女子に嫌われるよ』と、自分のことではなく、私のことを心配してくれましたね。それまで私には、家族以外に私のことをほんとうに心配してくれる人なんて、いたことがなかったのです。誰にでも公平で優しい美月のことです。こういう、自分が他人にした親切なんて忘れてしまっていると思います。ですが美月。あなたのその素晴らしい人格が、どれだけ私の支えになっているか。私が、どれだけあなたに憧れているか。どれだけ感謝しているか。どうかそれを知ってもらいたいのです。美月、いつも、ほんとうにありがとう。大好きです。藤咲 七海」
美月母が泣き出す。「やめてよ、お母さん」と美月。美月も泣いている。美月父は、なんとか涙を堪えている。
カイオ「美月さん。僕は君のことを尊敬しています。君は、誰に対しても偏見を持たず、誠実に相手のことだけを考えて行動できる人です。積極的で、行動力があって優しい人です。困っている人がいたら声をかけ、感謝すべきときに感謝し、怒るべきときに怒ることができる君は、それを当たり前のことだと思っているかもしれません。しかし、それは違います。君にとって、そうしたことが当たり前なのは、君が誰よりも勇気があり、あるべき姿に対する明確なビジョンを持っているからです。繰り返しになりますが、僕は君のことを尊敬しています。僕は、君の隣にいても恥ずかしいくないよう、頑張っていきます。これからも、よろしくお願いします。鈴木 カイオ 勇太」
いよいよ、美月父も我慢の限界。そばにあったタオルで、目頭を拭き始めた。
夢咲「最後、私。美月へ。私は、美月が幼馴染で、ほんとうに良かったと思ってます。私みたいな面倒な奴と、といつも一緒にいてくれるから……それで、周囲から孤立してハブられることが、これまでなん度もありましたね。でも美月は、いつも私の味方。いつも私のそばにいてくれました。どんなに、みんなから馬鹿にされても、仲間はずれにされても、私は美月さえいてくれたら、全然平気なんです。だから美月、七海と3人で、これからもずっと一緒にいようね。健康で、長生きしてね。幸せになってね。美月、生まれてきてくれて、ありがとう。大好きだよ。楢崎 夢咲」
女性陣は、抱き合って号泣している。美月父も、タオルに顔を埋め、泣いている。美月父は、たまらず「ありがとう、みんな」と言って、部屋を出ていってしまった。しばらくして
美月「きっつー、これ、明日の月曜日、みんな目が腫れた状態で学校じゃん。絶対『別れたの?』とか言われるわー。カイオ、明日は、ちょっとベタベタさせて。面倒だから」
カイオ「望むところです」
七海「サプライズ、これ毎回やってたら、涙が枯れちゃうよ……私、蓮くんに泣かされてばかり」
夢咲「なに? 御影、七海のこと、もうそんなに泣かせてんのか?」
七海「ちがう、ちがう。今回のサプライズも、提案してくれたの蓮くんだったの。蓮くん、嬉し涙を演出する才能があるの。嬉しい気持ちになるのはいいけど、毎日のように目を腫らす立場にもなってもらいたい」
美月母が、盛大に鼻をかんでいる。
美月「ところでさ、御影。さっき、七海の他己紹介で、御影が『白嶺をやめて北高に転校してきた理由』について、少し話してたけど。あれって、もう少し詳しく話してくれる? 初耳だったんだけど」
御影「いいよ。まず白嶺にはさ『自分が学ぶべきことは、自分で決める』っていう伝統があるんだ。ちなみに、この伝統を生み出した功労者の一人が、七海の亡くなったお父様だったりする」
カイオ「情報量、多いね」
七海「やめてー、また泣いちゃう。ちょっと蓮くん! わざとでしょ?」
夢咲「白嶺みたいな超一流校を作ったのが、七海のお父さんってわけか。そこで七海の旦那が育ってるなんて、すごい運命だなー」
御影「だから、白嶺の伝統を受け継ぐものの一人として。俺は、自分が5歳のとき、どうして七海とすれ違ってしまったのか、自分のなにがいけなかったのか、それを学びたいとずっと思ってた」
七海「5歳の私と蓮くん、お互い大好きだったのに、ちょっとしたことで、すれ違ってたの。その結果として蓮くんは、自分の気持ちも他人の気持ちも、よくわからなくなっちゃってた」
御影「俺にとって、あの5歳の時のすれ違いがトラウマになってた。そのトラウマと向き合わないと、俺は、ずっと自分の気持ちも、他人の気持ちもわからないままだって思った」
美月母が、コーヒーと紅茶を入れ直している。子どもたちは、お人形遊びに戻っていた。
御影「でさ。俺が、白嶺の高校に上がった時期に、偶然、七海が北高にいて、元気にしてることがわかった。北高のホームページのトップに、七海の写真があったから。七海のインタビュー記事が掲載されてたの、知ってるよね?」
夢咲「あったなー、そんなの。あれ? 今も七海がトップ画像だっけか?」
カイオ「トップ画像。藤咲さんのまま」
御影「あの画像が、白嶺でも『超絶美女』って話題になって。たまたま、俺の隣の席にいたやつが、スマホでそれをみせてきたんだ。すぐに七海だってわかった」
カイオ「運命って、あんまり好きじゃないんだけど。運命としか言えないね」
御影「だね。で、俺は『自分の学ぶべきことは、自分で決める』という白嶺の伝統に従って、北高に転校して、影から七海のことを観察して、可能なら話してみて、あのすれ違いはなんだったのか、どうすれば、ああいったすれ違いを回避できるのかを学ぶって決めた」
七海「……」
御影「普通は、転校してまで学びたい、みたいな要求は通らない。でも白嶺は違う。本気なら、みんなが応援してくれる。担任の先生まで応援してくれて、親の説得にまで協力してくれて、転校が決まった。まさか、それで七海と同じクラスになるとは思ってなかったけど」
カイオ「白嶺って、ほんとうにすごい学校なんだね。自分で決めたのなら、その学びのために、学校を退学しても構わない……っていうか、むしろ、積極的に辞めていけってスタンス」
御影「そう。白嶺だと、こういう明確な目的を持った退学は、退学って言わない。『早期卒業』って呼ばれる。早期卒業生は、白嶺の公式な卒業式にも、毎年、敬意を持って呼ばれるんだ」
夢咲「かっこいいとは、こういうことだな。憧れる」
御影「とはいえ、5歳の俺は、七海にプロポーズして断られてる」
七海「断ったんじゃない。ただ、誤解して怒っただけ」
御影「とにかく、俺は、断られたと思ってた。で、転校するにせよ、銀髪と青目だと、流石に七海に俺だってバレる。それって、七海からしたら、完全にストーカー」
美月「実際に、ストーカーなのでは?」
カイオ「ああ、だから髪を黒く染めて、黒縁メガネかけて、黒のカラコン入れて、目立たないように、周囲との接触を避けてたってわけか」
御影「そう。あと、5歳のときの俺の名前は、René Van Egmond (レネー・ファン・エグモンド)だったことも大きい。七海にも、レネーと呼ばれてた。その後、日本で暮らすようになって、名前を御影 蓮に変えてる。名前のこともあるから、バレないだろうと」
夢咲「やっぱ、徹底したストーカーだな」
御影「色々あったけど、結局こうして素性を明かして、最高にハッピーな着地になった」
七海「ほんとうに? 最高にハッピー?」
御影「俺と七海が結ばれた日。白嶺で俺の担任だった柴崎先生にメッセしたんだ。5歳の頃からずっと好きだった女の子と、事実婚しましたって。早期卒業させていただき、ありがとうございましたって」
七海「うん」
御影「これみてよ」
そこには、白嶺学院の校長をはじめとした多数の教師たち、同級生や友だち、多くの人々から、恐ろしい数のお祝いメッセが届いていた。
御影「……こんな嬉しいことって、ある? ここにいるみんなのおかげで、人の気持ちが少しはわかるようになって。自分にとって最高の女性と事実婚して、みんなを含めた最高の連中からお祝いされて、もう、ぜんぶ絶対に夢だって、夢に違いないって……信じられなくて……」
あの御影が、泣いている。御影の頭を抱き抱え、愛おしそうに髪をなで、七海は頬を御影の頭に寄せた。
御影「俺の幸せを、こんなにも喜んでくれる人々がいる。これが最高のハッピーでなかったら、おかしいだろ」
◇
その後、白嶺では、校内新聞の号外が出ている。タイトルには「早期卒業生、御影 蓮。目的通り、絶世の美女と事実婚。早期卒業から、わずか3ヶ月の快挙!」とある。
号外のタイトル直下には、校長談話がある。その見出しは「愛する人を追いかけることを目的とした早期卒業は、歴代初の快挙。御影くんは白嶺の誇り。御影くんに続け!」となっていた。
◇
後日、美月のところと同じように、夢咲、カイオの家でも、七海と御影のお披露目会が開かれている。
もはやサプライズではなくなっていたものの、どこの家でも、感謝状の読み上げが行われた。
関係者みんなにとって、七海と御影のお披露目会は、暖かい最高の思い出となった。
離れたくても、離れられない。そういう5人になっていた。
もう、第21話です。楽しんでいただけているでしょうか? 本当に、ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非ともリアクションや☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
現実には、こういう経験って、あまりないのかなと思って執筆しました。でも、本当は、こういう経験をしたかった。うらやましいなぁ、という気持ちです。ここまでサプライズでなくても、大切な人に対する感謝の気持ち、ちゃんと表明したいですよね。
引き続き、よろしくお願い致します。




