表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/84

第20話 白嶺の伝統、父の遺した宿題

 金曜日の放課後。


 今日は、6時間目が休講となった。保育園のお迎えまで、時間に余裕がある。


 七海と御影は、走らない。余裕を持って、ゆっくり。楽しみながら歩く。ただ一緒にいるだけなのに、暖かい。


 七海はずっと、御影のワイシャツの脇腹あたりを指でつまんでいる。


 どうやら、腕を組みたいようだ。


 でも、そうすると顔が真っ赤になってしまう。真っ赤な顔をみられたくない。なので、腕を組むのは自重している。


 商店街は、いつも通り。


 揚げ物が(はじ)け、新鮮な果物が積み上がり、パン屋のほの甘い香りが(ただよ)う。


 七海にとって、この商店街を楽しむ、はじめての経験である。


——普通って、こんなに嬉しいんだ


他校生A「あのカップル、やば……あの動画の人たち?」

他校生B「目の保養だー、お幸せにって感じだよねー」

他校生C「あいつ、超イケメンじゃん。目の色、なんだよ、反則だろ」

他校生D「彼女には、みせたくないわー」


 相変わらず、視線は多い。


七海「ねえ、(れん)くん」


御影「はい」


七海「蓮くんのおかげで、いろいろ良いことばかり。ありがとう」


御影「俺のほうこそ、七海がいてくれないと、もうダメな身体になってる」


 七海は、また赤くなる。


七海「ねえ。蓮くんは、すごく頭いいのに、なんで国語と社会は赤点なの?」


御影「白嶺(しらみね)学院の伝統——『自分が学ぶべきことは、自分で決める』ってやつ」


七海「自分が学ぶべきことは、自分で決める?」


御影「白嶺では、テストで点を取るための勉強は『もっとも恥ずべき勉強』だと言われてる」


七海「別世界だー」


御影「白嶺でも、一応、普通のテストがある。でも伝統に従って、それが自分に不要なテストだと判断したら、名前と『不要である理由』を答案に書くんだ」


七海「なんですか、それは?」(ポカン)


御影「その理由に説得力があれば、点がついて単位が認定される。でも、これが結構難しくてさ。必要ないと言い切るには、その分野の勉強をしていないと、とても理由を形成できないんだ」


七海「国語のテストは自分には必要ない。なぜなら海外の大学に行くから……ではダメ?」


御影「母国語は思考の基礎だよ。だから国語を学ぶこと自体に疑義を申し立てるのは筋が悪い。そうじゃなくて『自分にとっての国語の勉強とは、こうあるべきだと考える。このテストは、その勉強の進み具合を評価するものではないから、このテストは不要と判断した』みたいな感じになるかな」


七海「もしかして、そういうこと……北高のテストでも、国語と社会の答案用紙に書いたの?」


御影「書いた。そしたら北高(こっち)だと0点だってさ」


七海「白嶺(しらみね)には、テストの総合順位とか、ない?」


御影「ないよ。意味ないから。テスト範囲を勉強するんじゃなくて、自分が勉強したいことを勉強するのが伝統だし」


七海「蓮くんは、何を勉強したいの?」


御影「自己組織化。空間パターンの一般理論を研究したい」


七海「なんですか、それは?」(ポカン)


御影「シマウマの縞模様(しまもよう)を生じさせる数式には、チューリング・パターンという名前があってね。その数学的な考え方を用いて、この宇宙をより深く理解する……みたいな感じ」


 御影は続けて、チューリング・パターンの面白さや自己組織化の概念、その拡張性の高さなどを話している。


 七海は、その解説の最初からほとんど意味不明だったが、黙って聞いていた。が、まだまだ続きそうな御影の話をついに断ち切って


七海「蓮くん。私は……蓮くんのことが知りたい。いまは、蓮くんのこと以外に、知りたいってことがみつからない。でも……」


御影「自分がほんとうに知りたいこと。それを知りたくなった?」


七海「なんだか、楽しそうだから」


御影「すごく、すごくびっくりすること言っていい? いつか七海に話せる時が来るのを楽しみにしてたんだ」


七海「ちょっとこわいです。でも、聞いてみたい」


 御影は、一枚の紙を七海に差し出した。白嶺(しらみね)の校史、その抜粋コピーだ。


 それは"自分が学ぶべきことは、自分で決める"という伝統を作った生徒たちの記録だった。古い写真と、当時の苦労話などが(しる)されている。


御影「この白嶺の伝統を作った中心メンバーは、第64期卒業生の生徒たち。白嶺飛躍の立役者で、伝説の生徒たち。そのメンバーの中に、藤咲 勝美(ふじさき かつみ)って名前、あるよね」


 御影は、得意げな表情を浮かべている。


七海「お父さん? え、お父さんなの?」


御影「そう。君のお父様だ。七海のお母様にも確認したから、間違いない」


 七海は、今日もまた泣いてしまう。


七海「蓮くん、また私のことを泣かした……女の子を泣かせちゃ……ダ……よ」


御影「俺が白嶺を退学するとき。せめて白嶺の伝統を継承したいって思った。そこで校史をコピーさせてもらって、こっちに持ってきてた。時間のある時に、それを熟読してたら——」


七海「ちょっと……もう、いったん……ストップ。このまま……だと、脱水症状になる」


 七海は、父親の闘病生活を思い出していた。


 父親は、かなり衰弱していたにも関わらず、病床で、難しそうな本をたくさん読んでいた。どこかに連絡しては、資料を集め、一生懸命それを読んでいた。


 そんな父親のことが理解できなかった。


 考えたくないけれど、残り少ない人生なのだから。もっと家族で会話すべきだと、七海は怒ってさえいた。


 だが父親は、残り少ない命だからこそ、愛する娘たちに"学ぶとはどういうことか"を伝えようとしていたのではないか。


 言葉ではなく、死を前にしてなお(つらぬ)かんとする、その姿勢をもって。


——恥ずかしい。自分はなんて、恥ずかしいんだ


 七海はこれまで"自分が学ぶべきこと"など、考えたこともなかった。


 テスト勉強をして奨学金を得て。高校を無事卒業したら就職して、借金を返済しながら、妹のために生きようと思っていた。


——こんな私のことを、お父さんが知ったら、どう思うだろう?


 商店街の片隅、シャッターの閉まっているタバコ屋の前で、七海は御影の胸に顔を押し付けた。


 そのまま七海は「ヒーッ、お父さん」「ヒーッ、お父さん」と、誰にも聞かれたくない、情けない声を立て始めた。


 悲しいからではない。嬉しいからだ。


——私は、いまも、お父さんに愛されている


 御影は、七海を強く抱きしめたまま動かないでいる。七海は、もはや自分の涙の止め方がわからない。止める必要性も、感じなかった。


——このまま、世界が終わってしまってもいい。この胸の中に居られるなら


御影「七海。君のお父様は、白嶺(しらみね)を偉大な学校にした人だ。俺は、白嶺には中学からいる。だから俺は、中学のときから3年半、お父様の教育を受けたことになる。この事実を、誰よりも誇りに思ってる」


七海「も……やめ……て。これ……以上……泣い……ら……死んゃ……う」


 自分にとって大切な人が、大切にしていることを、理由を問うことなく、大切にする。


御影「俺たちの初デート。お父様のお墓参りっていうの、どうかな?」



第20話です。ここまで、お読みいただき、ありがとうございます。心の底から、感謝致します。


少しでも、読めるところがあったなら、是非ともリアクションや☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


これも驚きに対する意味づけの失敗です。七海と、七海父のすれ違い。切ないのは、このすれ違いは、七海父が亡くなっている以上、もはや改修することができない点です。七海と御影の10年にも及ぶすれ違いは、改修されました。そのコントラストとして、七海と七海父は、すれ違ったままとしています。ええと、お恥ずかしいですが、泣きながら執筆しました。


引き続き、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヒーッって泣き声が最高ですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ