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第17話 糸はつながっていたか

 御影と七海は、保育園の門前にいる。


 園内ではないとはいえ、騒動を起こしたことを管理者に叱られた。ふたりは「園児が興奮するから」と、早くこの場を立ち去るよう言われた。


 七海は、御影とともに美香の手をとり、ぼんやりとした気持ちで帰路についた。


 美香は途切れなく、楽しそうに話している。「カレー、にんじん多かった」「先生のくつ、きょう新しい」「青い目、アイスみたいだね」と。


 御影は「うん」「そう」「みえた」と短く相槌を打つ。七海も「そうなんだ」とだけ言う。ふたりとも、言葉の引き出しを開ける手がまだ震えている。


 アパートの前まで姉妹を送って、御影は自宅へ帰って行った。


 アパートの玄関。


 靴をそろえたところで、七海はその場に座り込み、放心状態になった。美香は、お絵描きを始めている。


 しばらく放心していた七海が、突然立ち上がる。


 固定電話の受話器を取る。急いで電話番号をプッシュする。


 夢咲(ゆめか)。呼び出し音の後、留守番電話サービスにつながる。


 美月(みつき)。こちらは、2コールで


美月『もしもし……もしもし、七海?』


七海「……キスした」


 七海の口調は、暗い。


 美月は、これが少女漫画のファーストキスみたいな、単純で喜ばしい話ではないと察した。しばし沈黙。


美月『いま、家だよね?』


七海「うん」


美月『すぐ行く。カイオも連れてく』


 20分後。


 ドアが2回、控えめに鳴った。まず美月だけが無表情で入ってくる。美香が喜んで、美月に飛びつく。


美月「スーパー、行けてないよね? コンビニで唐揚げとかポテサラとか、適当な惣菜(そうざい)、買ってきた。ご飯は炊けてる?」


七海「炊けてない」


美月「前の道路に、カイオ、待たせてる。この後の話で、男性の目線も必要なら入れる。そうでなければ、帰ってもらう」


七海「カイオくんにも、いてもらいたい」


 美月はドアから半身を乗り出し、道路のほうに手を振る。程なくして「お邪魔します」とカイオが入ってきた。


 七海が少しでもこわくないよう、カイオは靴を履いたまま玄関にゆっくりとしゃがみ、そのまま七海と距離を取った。


カイオ「美香ちゃん、はじめまして。お姉さんの友だち、カイオって言います」


美香「カイオ、やさしい?」


美月「やさしいよ。バスケが上手なんだよ」


美香「美香も、お絵描き、上手なんだよ!」


カイオ「すごいね! この後、一緒にお絵描きしよ! あと、お腹すいているよね? すぐに食べられるご飯、買ってきたんだ。美香ちゃん、レンジでチン、お手伝いできるかな?」


美香「できるよ!」


 カイオは玄関から少しも動かないまま。手に持っているレジ袋から、パックご飯を美月に投げ渡した。美香は美月にまとわりつきながら、楽しそうにレンジを操作している。


 スタートボタンが押され、ゴーという音だけが、狭い室内に響く。


 美月はテーブルの横に座り、スマホで夢咲とのメッセ画面を開いた。


「夢咲、寝てる?」「七海(ななみ)、キスした」「いま、カイオと七海の家にいる」「聞いたこと、これから、メッセに残す」「七海、様子おかしい」「まずいかも」「おい、起きろ」


七海「……」


美月「どっちから……した?」


七海「私から」


 温め終わった音。チン


美月「あ、美香ちゃん、まだ熱いから。レンジ、開けちゃダメだよ」


美香「わかったー」


美月「お絵描きしててー」


美香「うん! カイオの絵、かく!」


カイオ「ほんとうに? 嬉しい!」


 美月からは、御影と七海は相思相愛にみえている。とはいえ、七海の告白に対して、御影はまだ明らかな返事をしていない。


 だた、ロマンチック動画事件の後。御影は、周囲からのカップル認定を受け入れた。そして七海のことを問われ「大事にしたい」と発言している。


 美月は、時間をかけて、七海から今日起こったことを細かく聞き出した。御影は、「この世界で、藤咲さんにだけ知られたくないこと」があると、特別感を強調した。


 そして七海と結婚する未来を想像し、顔だけでなく首と耳まで赤くした。


美月「どう、カイオ? 男性としては、足りてると感じる?」


カイオ「グレーだね。どちらともいえない」


美月「七海、よく聞いて。七海は、フライングしたかもしれない。御影は七海のことを大切に思ってる。だから七海を訴えるようなことは、絶対にしない」


七海「う……ん」


美月「だけどもし。七海がやったのが、合意のない、相手の気持ちを置き去りにしたキスなら、御影との将来はないかもしれない。それを、これから確認する。いい?」


 七海の顔がみるみる青ざめ、身体が小刻みに震え出す。


 七海は、こうして美月(みつき)に指摘されたこと、ほんとうは全部わかっていた。


 七海は、御影の気持ちが自分に追いついてくれるのを「待てなかった」と感じている。


——きっと、これで終わりになる


 誠実でありたいなら、終わりの確認は自分で行うべきだ。でもそれは"ほんとうの自分"ではない。もう"ほんとうの自分"を、七海は抑えられない。


——終わりたくないよ


 七海の身体の震えが大きくなる。声をともなわない涙が溢れて止まらない。消え入るような小さな声で「ごめんなさい」「ごめんなさい」と繰り返している。


 こんな状況なのに、なぜか美香は平然とお絵描きを続けている。美香なりに、この騒動の着地を確信しているのだ。


 美月がスマホから御影に電話をする。間をおかず、御影が出た。


御影『ごめん、こっちから連絡すべきだった』


美月「いま話せる?」


御影『大丈夫』


美月「きょうの七海とのことだけど」


御影『うん』


美月「どうなの?」


御影『驚いたけど、嬉しかった』


 美月の表情が曇っていく。美月のこめかみに、かなりの力がかかる。


美月「御影! おまえ、わかってるんだろ? 七海を守るつもりあんのか! これは正解のない問題だろうが! 決めの問題だろうが! おまえみたいな奴は、いつまで経っても自分の気持ちなんてわからないんだ! 七海をどうしたいか、気持ちを探すんじゃない! 七海をどうするかっていう、おまえの意思だ! 決めやがれ、この意気地なし!」


 沈黙。


御影『合意があった。俺は、ずっと昔に、藤咲さんにプロポーズしてる。そのころから、俺はずっと……』


美月「直接、七海に言え! 七海! 代われ!」


 スマホを、胸に奪うようにして取る七海。おそるおそる、スマホに耳を当てる。


 美月は、玄関にいたカイオの胸に飛び込んで、わっと泣き始めた。泣きながら「よかった!」「よかった!」と叫んでいる。


七海「御影くん……ごめんなさい……私……私……っ」


 御影が、七海の話を途中で(さえぎ)る。


 あの優しくて、丁寧で、嬉しい気持ちになる声で。


御影『キスは、合意の上でのことだ。ちょっと驚いたけど、ほんとうに嬉しかった。大丈夫、心配しないで』


七海「ほんとに?」


御影『俺は、ずっと昔から、藤咲さんと結婚したいと思ってた。だから、ずっと昔から、合意してた。ごめん、伝えるのが遅れて。すぐに伝えなくちゃならなかった』


七海「ずっと……昔から?」


御影『もう、その話をしなくちゃならない。俺が、最も恐れている秘密を。隠してることがあるって、言ったよね? その話がしたい』


七海「明日も、明後日も、ずっとずっと御影くんと一緒にいていいの?」


御影『俺はそう望んでる。でも、それを決めるのは秘密を知った後の藤咲さん。俺は……七海ちゃんと結婚したいって、10年前に伝えているんだ』


 御影の口から流れた「七海ちゃん」という言葉の響き、そのリズム。


 七海は、確かにどこかで聞いていた。


記憶『どうして、あんなこと言ったの? レネーなんて、大嫌い!』


 七海は、ペンケースの中で折りたたまれていた"あの付箋"を右手で取り出した。


付箋『以前、どこかでお会いしましたか?』


御影『俺の髪……ほんとうは、銀色なんだ』



これで、第17話までお読みいただいたことになります。本当に、ありがとうございます。本当に、嬉しいです。


少しでも、読めるところがあったなら、是非ともリアクションや☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


美月、かっこいい!


引き続き、よろしくお願い致します。

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