第10話 カイオと蓮
月曜日の朝、ホームルームの前。
七海は、胸ポケットにある付箋をつまんだ。この付箋には『おせっかい、嬉しかった』と書かれている。
——この付箋を論文につけて、返すんだ
そのとき御影は、補習のプリントをとじ直していた。
七海が、後ろを振り返る。下をみながら、御影に論文を差し出した。
七海「これ、ありがとう」
『おせっかい、嬉しかった』と書かれた付箋は、まだ、七海の指に貼りついたまま。
御影は、論文を受け取らない。
御影「返さなくていいよ。あげる」
七海は、瞬きをひとつする。
七海「ありがとう」
それだけいって、七海は前を向いた。
◇
昼休み。
教室の隅で、夢咲と美月が小声で話をしている。
夢咲「今日、カイオ、当てる?」
美月「うん。昼練、ちょうど見学日」
そこへ、ジャージ姿の巨体が現れた。
鈴木 カイオ 勇太。明らかに、アジア人とは異なる外見をしている。
カイオ「御影 蓮くん、いるかな?」
カイオは、雑な人間ではない。
自らをネタにした冗談はよく言うけれど、誰かをイジるようなことはしない。質問は短く、答えは相手のペースに合わせて聞く。
美月「カイオ、大好きー」
カイオ「美月ちゃん。俺も、好きだよ」
夢咲「おまえら、よそでやれ、よそで」
カイオ「で、美月ちゃん。御影くんって、いるかな?」
美月が目で示した先に、御影がいた。ノートに何かを書き込んでいる。
カイオ「御影くん? ちょっとだけ、時間、いいかな?」
御影「いいけど、なに?」
カイオ「転校生がいるって聞いてね。バスケに興味ないかなと思って」
御影「勧誘?」
カイオ「いきなり勧誘じゃなくてさ。転校生、部活、入りにくいでしょ。軽い気持ちで、見学してもらえないかなって」
御影「ありがとう。見学ならしてみたい」
カイオ「嬉しいよ! もう、ご飯食べた? じゃあ、これから体育館まで一緒しない?」
"あの御影"が話しかけられている。そして"あの御影"が、しゃべっている。
クラスのみなが、耳だけで、このやり取りに注目していた。もちろん七海が、このやり取りに、一番、驚いている。
◇
体育館にて。
昼の光が、高い窓から帯になって差し込んでいる。
バスケ部員が、シュート練習をしていた。
カイオ「よかったら、ボール触ってく?」
気持ちのいい声で話しかける。
カイオ「俺、鈴木 カイオ 勇太って言うんだ。カイオでいいよ」
御影は一瞬だけカイオをみて、あらためて会釈をする。
御影「こっちも蓮でいいよ」
カイオ「じゃあ……蓮、ちょっとパス回してみてもいい?」
蓮「……少しだけなら」
最初のパスは、慎重に。それからパスのテンポが上がる。
カイオが受ける手の場所を少し変えれば、御影はその変化に合わせて肩を出す角度を変える。
カイオ「やってた?」
蓮「少しだけ。小学生のとき。中学は部活、やってない」
カイオ「いけるじゃん」
カイオは笑い、ドリブルで御影を左右に振ってからレイアップを決めた。
カイオ「昼だけの幽霊でもいいし、見学メインでもいい。本当は、新人戦に出てもらえたら助かる。メンバー、足りてなくてさ」
御影「俺、バイトしてるから、フルでは無理。でも、考えてみる」
カイオ「本当に? でも、他の部活もみてからでいいからね」
御影はボールを胸の前で止め、わずかに目を細めた。
カイオ。自分らしさを隠していない。肌の色も、名前の響きも、まっすぐにそのままだ。
御影「カイオ、また誘ってもらえると嬉しい」
カイオ「もちろんだよ」
御影「気を使わせて、悪いな」
カイオ「全然いいよ。……あ、蓮。ひとつ、許可もらってもいい?」
御影「許可?」
カイオ「蓮が、どんな人かとか、美月ちゃんと、美月ちゃんの友だちに伝えていい? バイトしてるとかさ」
御影「もちろん、いいよ。本人が隠そうとしていない事実なら、そういう許可はいらないんじゃない?」
カイオ「特別な人にだけ伝えたいこともあるよね。他の人には内緒にしてもらいたいこととか」
御影「……確かに、そうだね」
カイオ「まあ、初対面の俺が、蓮にとって特別な人のわけないから、気にしなくていいのか」
御影「今日のこととかは、いいよ。内緒にしてもらいたいことがあったら、そう伝える」
◇
補習のない翌日の、放課後。
七海は、保育園の門の前で、美香の靴紐を結び直していた。脇で夢咲が七海の鞄を持ち、美月が小声で報告する。
美月「御影、バイトしてるって。あと、小学生のときバスケやってた。中学では部活やってない。口数は多くないけど、攻撃的じゃない。丁寧で無駄のない善人。初日だから、情報はこれくらい」
七海「なんだか、スパイしてるみたい……」
夢咲「御影のこと知りたいんでしょ?」
七海「ちゃんと、本人の口から聞きたい」
美月「あんたが、それできないからスパイしてるんでしょ?」
七海「そうだけど……」
美月「カイオはさ、御影から許可もらってるよ。私たちに、こういう情報、伝えていいって」
七海「そうなの?」
夢咲「だから、こうやって共有される情報はさ、七海にも伝わること、御影、知ってる」
七海は、短く頷いた。
御影に、色々と話せる友だちができそうなこと。その話は、七海に伝わってもいいと、御影が思ってくれていること。
——なんで、こんなに嬉しいんだろう?
七海「あっ、論文! もらった論文のこと、私、勝手に夢咲と美月に話しちゃってる! 許可とってない! ど、どうしよう」
美月「なら頑張って、ごめんなさいしようか」
七海「うん……」
——目の色のことだけは、絶対に、内緒
もう、第10話です。ここまで、お読みいただき、ありがとうございます。とても光栄です。嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非ともリアクションや☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
男性のコミュニケーションは、課題解決の手段として用いられることが多いです。ここでも、2学期に転校してきた御影が、部活に入りにくいという課題について、カイオが手を差し伸べています。男性は、こうした方法で、友だちを作っていく傾向があります。
これに対して女性のコミュニケーションは、相手の感情に共感する形を取ることが多いです。例えば「部活入れてなくて、ちょっと寂しいよね?」「一人なら、一緒にお茶しない?」といった具合です。まあ、あくまでも傾向ですが。
引き続き、よろしくお願い致します。




