【番外編】聖夜の奇跡その4
「色欲と嫉妬……これで残るは5つだね」
「サヤちゃんの拳で魔物がぱぁんっなのです」
「あたしもビビる」
人間族に与えられたギルドカードの恩恵のなかに無手のものはほぼない。
それは弱い生き物なら武器を持つのが当たり前だという観点からだろうか。少なくとも魔物を消し飛ばすような拳の技能はシステムのなかにはない。
しかし剣士サヤの放ったパンチは、剣が通用しなかった魔物の首を簡単に仕留めてしまったのだ。
「──っ、カチュワはお腹いっぱい食べてきたか⁉︎」
「たっ、食べてるわけないのですっ! これからみんなで野営するのですよっ」
「ならっ、そいつを倒さないと食べれないよなっ」
「なのですっ。でも、でもどうしたらいいか」
フレッチャはサヤを嫉妬深い女だと言ってしまった事に罪悪感を覚えてしまっているが、それでも活路を見出すためには今度はカチュワをけしかけなければいけない。
縦揺れに揺れる豊満な肉体の原因は、普段からの食事風景を見ていたフレッチャには明白で、そのためにはもう無垢な仲間にお前は食べ過ぎるから太るんだと宣告することを余儀なくされた。
出来ることなら、大切な仲間と仲良く楽しく、美しい関係でいたい。
フレッチャは心の葛藤を制し、カチュワに「いけっ、ボディプレス」と命じて暴食の首をペシャンコにすることに成功。
その代償はカチュワの泣きつきであったが、今のフレッチャに構っている余裕はない。
(怠惰はアイシャだろう。けれどアイシャは攻撃手段を持っていない。だとして出来ることはしていきたいんだが……)
まさか非戦闘職のアイシャを放り投げるわけにもいかないだろう。
そして他の首を仕留めれるのが誰かも分かっていない。
誰もが躊躇う場面、しかしこれまで見ているだけだった可愛いだけの女子が唯一持っている武器を手に狙いを定めていた。
「私は、みんなといたい。でも戦うのは無理。だからといって仲間はずれにはなりたくない。それに、マイムちゃんに敵うか分からないけど──」
引き金と呼ぶにはあまりにも独特なその形状は、武器の形も相まって狐のちんぽこと揶揄される。
「みんなが好き。みんなといたい。だから──」
何も捨てられないし、全部手に入れたい。
抱きしめたい、抱きしめられたい。
そんな想いが、フェルパの手の中で握られる狐の引き金を通じてドス黒い波動となって七面鳥の首のひとつを塵にした。
「強欲……フェルパにそんな気持ちがあったなんて」
残り3つとなった七面鳥の首を眺めてフレッチャは指を折って数える。
傲慢と憤怒。
そのふたつのピースは誰の手にあるのか。
「フレッチャちゃんにはもう見えてるの?」
「……なにがだ?」
「残りの首の攻略」
「怠惰は決まっているんだが」
「皐月ちゃんは引きこもりだから確かにそうかもだけど、戦闘は出来るのかなあ」
「……」
ナチュラルに自分のことだと思いもしないらしいアイシャにフレッチャはやっぱり罪悪感を感じずにはいられない。
しかしそれでも──。
「──っ、私は、私って人間はどうしてこうもっ」
嫌な想像だった。
せめてこの時だけだとそう思いたい。フレッチャは強く願わずにはいられなかったが、同時にいまでないと、悔い改めてからでは遅いと自慢の魔弓を引いて、放った。
動揺する手からどうにか放たれた矢は全力には程遠い、いつもの練習用の的にさえ当たるかわからない弱々しいものだったが、狙いは違わず導かれるように首のひとつに向かい、見た目の威力とは裏腹に空が見えるような大きな風穴を開けてみせた。
「──仲間を知ったつもりで、決めつけてあまつさえ命令のように差し向けて、私がどうにかしないと打開出来ないだなんて、そんな風に考えているなんてなんて自惚れ、なんて傲慢……私は、こんなじゃ姫騎士様に顔向け出来ない……っ」
「えっと、フレッチャちゃん……?」
「うぅ、アイシャぁ……」
想いの強さは思い込みの強さでも間違いではない。
フレッチャは実に冷静に合理的に戦況を見定めていたにすぎない。サヤやカチュワの傷ついたような振る舞いに心を傷めるあたりむしろ謙虚で誠実とさえいえるフレッチャだが、この中の誰かが傲慢なのだと皆から指を突きつけられているような錯覚に陥り、それが自分なのだと思い込めばもはや誰がどう言っても変わらない最低の自己評価。
罪悪感に苛まれるフレッチャのただならない様子に心配して手を差し伸べるアイシャだったが、こうなったフレッチャは半ばヤケを起こしているようなもので。
「フレッチャちゃん……?」
「アイシャ、ごめんっ」
「え、な、あわわわわわわあああああっ⁉︎」
戦闘職として鍛えるフレッチャの全力がアイシャの差し出した腕を掴んで振り回し、ハンマー投げのようにアイシャを弾丸もしくは矢のようにまっすぐに七面鳥の首に叩きつけ、その半ばからぽっきり折って千切れさせた。
「──アイシャ、君が怠惰ナンバーワンだ」
「あ、ありがと……がくっ」
もはやその罪悪感を受け入れるつもりのフレッチャに情けも容赦もない。
アイシャにせめてもの賞賛を贈ると、ゆらり立ち上がり幽鬼のような怖気を纏いながらミラに名指しで吠えた。
「最後は君だっ。憤怒のミラ……その怒りを余すことなくぶつけろっ」
「いかり……そんなこと言われてもぼく……」
「怒りが君を強くするっ、怒りがこの場を終結に導くっ! さあ、君はどんなシチュエーションなら怒れる!」
「ぼく、ぼく……」
「たとえばっ、私たちがここで全滅したらっ! アイシャが食べられたら!」
「だって、だってそれはもう──」
その時には真っ先に自分がやられているのでは。ミラは自信のなさで人から逃げてきた女の子だ。
怒りを発散させる経験などほとんどない。
「姫騎士様が蹂躙されたら──っ!」
「姫騎士様が……」
しかしそれは自分のことに限って、だ。
もしアイシャたちを、憧れる姫騎士を、自分を救い出してくれた姫騎士を、魔物がいいようにしたら。
それはミラの内に秘められた激しい感情を奮い立たせるには充分であった。
「ぼくはっ、ぼくは姫騎士様の──っ」
「うっとおしいのよっ、このキモ鳥ぃーっ!」
いよいよ覚醒しよういうミラが得意の幻術を展開してその中に紛れて仕留めに一歩を踏み出した時、それよりも速く隕石のような勢いで七面鳥最後の首に怒りをぶつけたのは小さなイタズラ性霊ルミだった。
突如頭上から降ってきた高速軌道体は、七面鳥に残っていた最後の首を貫通し、音を置き去りにしたことによる衝撃波でその体もろとも跡形もなく爆散した。
「せっかくこの1番立派な魔道具を木のてっぺんに飾ろうとしてるのに何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も邪魔してくれちゃってええっ!」
サヤたちが己の一面に向き合い、フレッチャが勝手に自己嫌悪に陥りながらも七面鳥と相対しているあいだに、クリスマスツリーの頂を飾り付けてドヤる気まんまんだったルミ。
ただ度重なる戦闘の余波のせいで何度載せても転がり落ちてしまう星形の細工のせいで、賽の河原の責苦を受け続けたようなストレスが爆発し、やっとどうにか出来そうなまでに昇華したミラの怒りを遥かに上回る勝手極まりない理不尽で魔物へトドメをさし、その上で収まらない怒りが今もなお呪詛のように口から漏れ続けている。
地面に突き刺さったルミインパクトの衝撃で舞い上がったのは土埃だけではなく、爆発四散した魔物の肉体は空から魔力の光として降り注ぐ。
「いよいよ時は満ちた……」
「あ、皐月ちゃん復活した?」
「うん。なんていうか触れてはいけない狂気を見た気がして、逆に落ち着いたっていうか」
もっともらしくキメて状況にひたる皐月に、投げられて逆さまに着地した格好のアイシャが安心したように声をかけた。
魔物が放ち降らせる魔力の光は降り注ぐ雪のようにもみの木に積もり、まるでクリスマスツリーのように飾って彩っていく。
幻想的な光景のなか、振り上げた怒りの拳のやり場に困って佇むミラのいたたまれない姿があり、その背後にはいつの間にか真っ赤な装束に身を包む男がいた。




