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異世界で女の子に転生した彼の適性はお昼寝士 新しい人生こそはお気楽に生きていくことにするよ  作者: たまぞう


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食べても腹の足しにならぬぞという主張

 グルウェルの溶岩窟と名を変えた洞窟は、アイシャがこれまで出会ってきたうちの地龍が縄張りとする領域のなかにあり、その地龍はシャハルの危機に目覚まし時計ひとつで呼ばれて龍がどれほどに圧倒的に絶対的に強大な存在であるのかと知らしめようと張り切ったすえ、チカラを消耗しすたためにチカラを蓄える休眠期に突入していた。


 棚ぼた的に他所様からもらった魔力で俺つえーと調子に乗って暴れ散らかしたいち魔族を屠るくらいはわけのない地龍も、自分がかっこよく登場するためだけに山脈を吹き飛ばし、さらにかっこつけるために持てるチカラを総動員して崩壊した山を元通りに修復するのはさすがに堪えたらしい。


 そんな地龍のおやすみタイムを同じ格であるモグラ──土竜の亜神が留守番を頼まれて移住までしている現在ではあるが、地龍の縄張りとしてマーキングされている山脈のグルウェルの洞窟で突如として吹き荒れた炎が地形まで変えていてもなす術なく傍観するのが精々であった。


『まあ、あやつには目覚めた頃に報告だけすればよかろう。問題は……』


 グルウェルの洞窟がある地下空間に転がるこのとても小さなモグラこそが、アイシャをして傷ひとつつけることが出来ないほどに隔絶された存在の土竜の亜神であり、ベイルの嫁となる予定のハナコの生みの親である。


 地龍の代理としてこの洞窟にモグラが居を移したことを知ってるのは亜神たちを除けばアイシャとルミだけであり、モグラはモグラで預かったはずの山脈の一部を焼け野原どころか火の海に変えてくれやがったのがアイシャと愉快な仲間によるものだと知っている。


 ──まったくもって面倒なこと。


 モグラの亜神は目の前にずらっと並ぶ精霊たちを眺めてため息をつく。


(あやつらが我が見てるとも知らずにイチャイチャしておったのは分かっていたが、ちょっと目を離した隙に放火犯になってるとはさすがに予想できんかった)


 そして事態の不味さに気づいてからの逃げ足の速さにも息を巻いたものだが、勝手に地龍から頼まれた持ち場を離れて追いかける気にもならず、放火犯は必ず現場に戻るなんて気楽に待っていたら、アホの子も紫ツインテもが、それぞれにすっとぼけたあげく忘れて日常に戻っていたのだからたまらない。


 人間と亜神……モグラが元魔物という関係ではあるものの知り合いの家に事故とはいえ火付けをしてしまったなら、菓子折りのひとつでももって詫びにくるだろうと待っていたモグラは、アイシャたちが来ない代わりに顔を出してきた相手を見て、どうにか放火犯たちを呼びつけなければ、この先に起こりうる事態の責任を取らされかねないと頭を悩ませている。


 アイシャ相手ならせっかく掘って広げた巨大空間をいっぱいにするほどに膨らませた体で威厳を示すが、亜神という格だけであれば同格であるはずなのに、元々の在り方からすれば別格も別格、対抗しようなどと思うことさえ烏滸がましいと断じられる相手とその眷属を前に、せめて失礼のないようにと子モグラほどの体格まで小さくなってみせていた。


 そんな小さなモグラの目の前に今ずらりと並ぶ赤い精霊たちは、黄色くほの光るノームたちと属性が異なるサラマンダーたち。


 ノームたちがかつてアイシャが進む道を照らす光だったというなら、サラマンダーたちは生命を育む猛き炎の灯火。


 そんなサラマンダーたちはどうしてかノームたちの色違いのように赤色にほの光るミミズ姿をしているが、猛き炎を纏う主人はミミズと似てはいても全く異なる姿で、モグラの亜神が自分のためにと広げた空間を埋めるようにぎちぎちにその身を巻いて小さなモグラと対面していた。


 向かい合うだけでモグラが渇きを覚えるその相手は、赤く紅くゆらめく鱗に身を包んだ火の龍だった。


『この地に未だ見ぬ熱を感じてな……縄張りを荒らそうとか争おうなどと考えているわけではないが、どうしても気になって昇ってきたわけよ』

『はあ……それは遠路はるばる……』


 などと応えるモグラの亜神は、しかし現時点では同格とみなされる相手に、役割も違う相手に過剰なまでのへりくだりは必要だろうかなどと話しながら逡巡してしまい、もっともらしい挨拶は途中で途切れてしまった。


『どっちが偉いだとか強いだとか、そんな価値観はとうに無くなったもの。もとが豆粒のごとき矮小な魔物だったとはいえ、立派に我らの舞台にあがってきたのだ。分不相応でいい、傲岸不遜でいい、断りたければ遠慮はいらぬ……』

『対等だと認めてくれるというのであればそのような前置きをせずともよいのでは』

『──』


 火龍のそれは全くの嘘である。


 モグラの亜神はもとより、マンティコアの亜神も狐の亜神も、ただの魔物として生まれ、生き続けた結果としていち魔物に収まらないだけの魔力を得たことで次のステージに立つことが許された者たちであり、元を正せば龍などからすれば取るに足らない魔物だ。


 あくまでも役割として与えられた席に着くことができただけの努力家を、亜神よりも上の存在が許しを与えただけの格下を、生まれながらに亜神格である龍である火龍は面白く思ってはいない。


 気丈にも対等と口にしたモグラの亜神に対して、鋭い牙を噛み合わせたままに曲げた口の端から漏れ出る炎が、火龍の内心をよく現しており、アイシャに対して土竜とのたまうモグラの亜神も誰ぞが決めた格という枠組みだけではとても己が身の安全が保証されるものではないと肝を冷やすばかりだ。


 そんなこんなで、今にも邪魔者を燃やし尽くしてしまいそうな衝動を上位者の体面を保つというだけの縛りで抑える火龍と、視線を切らないもののどこかで眠りこけている地龍に心の中で恨み言を叫ぶ土竜の亜神が耐えること数時間。


 先に口を開いたのは火龍で、そこにはもう怒りに燃える炎はなかった。


『せっかく地中深く滾る熱の海からはるばるやってきたのに、肝心の地龍のやつは出迎えもしてくれぬ。だからの、お主の許可をもらえんかのう』

『我の許可を──』


 それは困る、とモグラの亜神は口を閉ざす。


 今現在火龍が興味を持っている場所が炎に呑まれていたとしても、そこは地龍の縄張り。


 たかが火か炎か熱か、なんにせよこの星深く中心にほど近いマグマ溜まりで悠々と生きる龍がどんな興味を抱けばいち人間が放った火の魔術の後遺症のようなものを求めてやってくるのか。


 まかり間違って我がものにしたいなどといって自らの熱が求めるままに取り込めば、主人休眠中の縄張りを奪われることになりかねない。その時にモグラの許可をもらったなどと言われれば、2匹の龍にロックオンされ憐れジ・エンドのルートもありうる。


 落ち着きを取り戻した火龍とは対照的に、その身を跳ねさせ火の粉を散らすサラマンダーたちと、それを真似するように飛び跳ねるノームたちを見てモグラの亜神は一計を案じる。


『我はただの留守番での。我には許可を与える権限はない』

『では地龍のやつを叩き起こせばよいか。のんびりすやすやとしてなどおれぬほどの熱をもって我が飛び起きさせればよいか』


 そんなことをされればせっかく元通りとなった山々が再び崩れ去ることになってしまう。すでに一度やって多大な負荷に休息を余儀なくされた地龍がいま同じように元通り綺麗に戻すなんて出来るわけがない。そうなればシャハルを巻き込んで辺り一面の荒野となり、魔族領との分断という役割も果たせなくなる。


 人間族の西側はたまったものではないし、アイシャとて無事では済まない。地龍が特別としたアイシャが、だ。


『そう急かすでない……そうよの、あの炎の海を作り出した者との面会くらいは取り付けてやるくらいなら出来なくはない』


 こうしたモグラの亜神の機転により、グルウェルの溶岩窟の奥で、火龍はマイムとアイシャとの待ち合わせをすることになり、使者サラマンダーの伝言をエルマーナが持ち帰るに至った。





「──ていうのがエルマーナさんのノームたちから聞いた話だけどママの思いつきがまさかこんな形でなんて」

「さすがに火龍についてはノームたちも黙ってたみたいだけど」


 火の精霊自体はシャハルの街のみならず人間族領が諸手をあげて歓迎する話ではあるものの、同じ亜神格を萎縮させるほどの龍の存在がその背後にあるとなれば、ベイルたちの対応も違ったものになっただろう。


 エルマーナたちと共に生き、事情をよく知るノームたちが、契約者のエルマーナにさえ火龍についてのことを黙っていたのは、知らせる相手を選んでいたからに他ならない。


「ノームたちは精霊界の女王からの頼み事をウルトラCで解決しようとしてるってママのことを噂してるみたいだよ」

「何よそのウルトラCって」

「人間の体じゃ会いに行けない相手なら呼びつけてやるって、命知らずのカスタマー(customer)だって」

「……そのうちノームたちの体に縞模様を書いて今よりもっとミミズぽくしてやるんだから」


 頼みごとを受けてから探しもしなかった龍に対して、向こうからやってきてくれたら楽なんだとか考えなかったわけではないアイシャも、さすがに魔力をエサに呼びつけるなんてことが出来るとは思わなかったし、なんなら全然後回しにする案件でしかなかった。


 それなのにそんな妙な噂が実しやかに広まるのは不本意であり不服であった。


「それにしても本当に暑いよね」

「暑くて熱くて溶けてしまいそうなのです」

「ぼ、ぼくが出来ることなら……えい」

「幻影の雪……むしろ逆に熱さが際立ってしにそう」

「ごっごめんなさい」

「──ったく、いつかの引率じゃねえんだぞ」


 マイムとアイシャがセットで呼ばれてベイルの案内のもと出発した中には、幼馴染のサヤと元気な盾娘カチュワ、前回に引き続きぼくっ娘ミラが同行している。


 地元を離れることなく、冒険者ギルドが日々の巡回にも組み込んでいる洞窟での仕事にサヤが噛んでこないわけがなく、カチュワとミラはベイルによって呼ばれたお目付け役としてこの場に参加せざるを得なくなった。


「俺たちが引き返すしか無かった炎の壁はこの先だ。ノームたちの言う通りお前たちを連れてはきたが、果たして──」


 もちろんマイムの上司である魔術士ギルド長エルマーナや他のギルド員たちも参加しているためそこそこの大所帯となった一行は、マイムとアイシャも記憶にある道の先に赤く熱された地面とおよそ生命と呼べるものの来訪を拒絶するかのような灼熱の壁にぶち当たった。


 だが、肌を灼き肉を焦がすような熱とは裏腹に、どうやって用意したのかキラキラと飾りを付けて歓迎を示す横断幕がサラマンダーたちによって掲げられており、揺れる炎で“歓迎、マイムさまご帰還”と書かれている。


「……馬鹿げたお出迎えはともかく、ご帰還とはどういった意味なのかしらね」

「あたしには何のことかさっぱり」

「そう……ふぅん……へえぇ」

「……」


 未熟な魔術士を名指しで呼びつけてきた時点でいくらかお察しではあったものの、魔術士ギルド長エルマーナの顔には、灼熱にも負けない氷のような笑みが張りついていた。


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