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異世界で女の子に転生した彼の適性はお昼寝士 新しい人生こそはお気楽に生きていくことにするよ  作者: たまぞう


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嗜好品

 自ら好んで戦いに身を投じない職人気質ばかりが集まるドワーフたちでも、マケリたち人間族からすれば十分すぎるほどに脅威となる種族である。


 彼らは種族間での争いを好まず、だからこそ人間族も交流を持つ選択をとれたわけではあるが、武具の製造に関わる素材を集めるためにはその足で山を越え谷を越え、時には災害とも思えるような強大な魔物を相手取り目的を達成する努力と実力を持ち合わせている。


 ルミが言うように武器造りを半ば放棄したらしい彼らではあるが、副業というより趣味を拗らせた酒造りでさえ馬鹿みたいな冒険に身を投じている。


 そんな中でもシュタールというドワーフはいち分隊を率いる分隊長格であり、その実力はこの集落の者たちの中でも上から数えて何番目という位置付けである。


「俺も頭がカーッてなっちまったがよ、それでもそのまま直撃なんてならねえように上にそらしてやるくれえの気持ちはあったんだ」

「嘘つけよ、キレたてめえがミスリルゴーレムが粉になるまで砕いてたっちゅう話はみんなが知っちょる」

「がはははははははっ、その馬鹿の戦鎚をナイフ一本で止めたうえに、衝撃をそっくりと返して仲間を守ったなんて、姉ちゃんは本当に人間か?」

「いやぁ……私も何がなんだか……はは」


 そんな酒くさくてむさ苦しい筋肉髭達磨たちに囲まれてどんどこ酒を注がれては飲み干すへべれけお姉さんマケリには一体何がどうなってこうなっているのかさえ分かっていなかった。


 ただひとつ、彼らの熱狂に応えることの出来る物はといえば、さっきからドワーフたちがしきりに言っている“ナイフ”のことだが、早々に気持ちが空高く昇ってしまっている酔いどれお姉さんマケリは、支離滅裂な応答しか出来ず、かといって熱狂冷めやらぬドワーフたちも見たこと聞いたことを肴に酒を酌み交わすのに夢中で明確な答えが帰ってこない会話をそれでも実に楽しそうに繰り返している。


「うわぁ……お酒飲んだ時の近所のおじさんがまさにあんな感じだよ」

「せやなあ。ずっとおんなじ話をしとって何が楽しいんかって思うけど、ドワーフたちも一緒なんか」

「まあまあ、俺たちもせっかく成人したんだし、お酒も楽しもうよ」

「──テオはその、今でも“俺”って使うんか? なんかその……なぁ?」

「……?」


 たまの仕事終わりの飲み会でも慣れないお酒よりは手頃なジュースを頼みがちなダンとルッツとテオも周りの空気に流されてキツい酒をちびちびとやっている。


 本当ならテオに意味深な視線を向けるダンとルッツには鉄壁のマルシャンガードが発動しそうなものだが、間近で振るわれたドワーフの戦鎚の衝撃は非戦闘職のマルシャンにとってあまりにも刺激が強すぎたために、今もなお意識が戻らずテオの膝枕で幸せそうな顔をしている。


(あ、マルシャンさんきっと起きてるよねあれ)


 宴会の料理の減り具合を玄人の眼差しでチェックするアイシャは、気を失ったままであるはずのマルシャンがテオの太ももに頬ずりをし、お尻の下にわざわざ手を滑り込ませて悦に浸っている様子まで見えてしまって何ともいえない気持ちになった。


「けれど、本当にあんなお肉で良かったんですね」

「いっそ潰してルミちゃんの畑の肥料にでもするしかないって思ってたからちょうどよかったよ。それにドロフォノスさんから預かってたのも、ね」


 自分で焼いた魚と鳥を食べるアイシャとミラでさえ手をつけることのない肉串の材料は、オユンの世界に引きずり込まれる前にラプシスが狩ってきた黒虎のものだ。


 面白がって狩り、その日のうちに食卓に所望した本人がひと口食べて見切りをつけたクソマズニガ肉は度を過ぎた酒好きの魔族たちにとっては酒の進むツマミだったらしく、その肝に至っては生での提供を求めたほどだ。


 解体された黒虎の部位のうち、ラプシスは心臓を自分用にと持ち去っていたのだが、湖のほとりでアイシャと話した時に「参加しない私の代わりに」と預けられていた。


 このところ武具の製造よりも酒に傾倒しているドワーフたちはこぞって酒に合うツマミを探しているらしく、どうやらラプシスはその情報をどこかから仕入れていて、交流のきっかけにと取り分けていたとのことだ。


 そんな話まで聞かされて半ば腐りかけのハツを預けられたアイシャは、どうやって食べさせてやろうかと考えていたが、何をするまでもなく自然と屋台を広げてハツの串焼きと鉄板焼きの提供が出来てすっかりひと仕事を終えた気分である。


「あとはどうやって魔剣の修理の話を切り出すかだけど……」


 それさえ出来れば今回の仕事の半分は終えたようなものだ。残りの半分も向こうの返事次第では放っておいても終わったようなものである。


「まあ、どう考えても無理な話よね」

「そうですよねー、なんていうかもうお酒とマケリさんしか目に入ってないみたいですね」


 肉焼き組は元からそんな喧騒の外ではあるが、何も出来なかったダンたちも身内でささやかな飲み会をしているだけで、ドワーフの全てがマケリに夢中といった有り様である。


 しかもその渦中のマケリはもはや酩酊を通り越した領域にまで達しているらしく、平たくいえば盃片手にまっすぐ座ったままゲロを垂れ流しながら気絶していた。


 そんなきちゃないお姉さんマケリなどお構いなしに勝手に騒ぐドワーフたちの最後のひとりまでが酔い潰れて倒れる頃には、朝日が山の稜線を照らしはじめていた。




「……連絡も無しに朝帰りとは、なかなかに盛り上がったらしいな」

「えーっと……その、仲良くなった報告します?」

「その前に湯浴みして着替えてこい。酸っぱい臭いでこっちが吐きそうだ」


 朝を迎えてひとり、またひとりと意識を取り戻したドワーフのうちのひとりがマケリとその取り巻きでしかない人間を叩き起こして知らせてくれたのは、境界の門番からの帰還の催促であった。


 アイシャが用意した渋みと苦みとえぐみをかき混ぜて混沌を垂らしたような肉串を、咽せながらも美味い美味いと噛み締めるドワーフに感化されて同じように楽しんだマケリには飲み会のかなり序盤からすでに記憶がない。


 頬を叩く痛みに目を覚ましたマケリが最初に目にしたのは目を逸らして鼻をつまみながら自分の頬を叩き続けるミドリの姿だったが二日酔いの頭ではすぐに返事することも出来ず、目を逸らしているためにマケリの瞼が開いたことにも気づかないミドリのビンタが止むまでにもいくらかの時間差が出来て、鏡を見た時には見事に左の頬だけが真っ赤に腫れ上がっていた。


 やっと目覚めた判定を受けたマケリはミドリから即座の帰還の必要があること、昨夜の飲み会の様子、自身の現状を聞かされて脳は混乱に陥った。


 鼻をつまむ手を離すつもりはないらしいミドリがそれでも心配そうに「とりあえず身だしなみを整えましょう」と言ってくれたことで何をすべきかを悟ったマケリは常備している気付薬を飲み干すと、微かに聞こえた静止の声も無視して最速でひとり境界の門に帰り着いて報告していた。


「なるほど、彼女の報告と違いの無いことは分かった。今日のところは全員おとなしくここに泊まっていけ。紙の報告書も人数分書き上げてもらわないことには門を開くわけにはいかないしな」


 仕事を最優先した結果、酒と吐瀉物にまみれてカピカピのままで現れたマケリの到着から1時間遅れで帰還したアイシャたちも、この日はドワーフ族領への通行は許可されることなく大きな成果もないまま境界の宿舎で待機となった。





「おめえさんたちの魔剣の修理だが、俺には出来そうにない」

「えっ、そんな──」


 酒の席でマケリと1番仲良くなったのは他でもないシュタールだったが、待機の翌日に真っ直ぐに会いに行ったところで交渉の余地もなく依頼は断られてしまった。


「まだ飲み足りないなら……」

「いくらなんでもそんな話じゃねえ」


 失態を晒したことに危機感を覚えるマケリがアイシャに目配せをすると酒瓶がひとつ手渡されたが、シュタールが言いたいのはそういうことではないらしい。


 ちなみにアイシャの所持するものに関しては、特に業務に必要であると上役が認めた場合において冒険者ギルドの経費として処理することが出来るようになっている。


 本来なら“お昼寝ギルド”の長たるアイシャの上にはお役所ギルドを取りまとめる長がいるだけなのだが、あくまでベイルがアイシャを思って無理矢理に作り出した部署であるお昼寝ギルドは冒険者ギルドの下位組織であり、今回の飲み会の場においての上役は冒険者ギルド長ベイルの代役としてマケリであり、さすがにこれ以上に嵩む費用などは貯蓄を切り崩さなければと覚悟していたマケリはそっと息を吐いたが、酒でないとしたら何故ダメなのかと問いかける。


「そりゃあ俺の鍛冶場がなくなっちまったんだからよ。俺の短気が引き起こした自業自得とはいえだ、工房がなくなっちゃあ出来るもんも出来ねえわな」


 建物ごと職場が吹き飛んだとあってはその損失は大きいもののはずだが、依頼を聞けなくなって申し訳なさそうな顔をしながらも、資産の喪失に関しては「そんなもん大したことじゃねえわなっ」と笑い飛ばしたことから、賠償問題すら問われそうに無くなって昨夜から寝たふりをして有耶無耶にしようとしていたマルシャンは心の中で拳を握りしめて雄叫びをあげていた。


「でもそんなの誰かのところにお邪魔すれば……」

「それこそ馬鹿言うなだ。見習いならまだしも、一人前のドワーフは自分の魔力と技術とセンスに合わせた鍛冶場をそれぞれ用意するもんだ。他人様の借り物で満足いく仕事ができるかってんだ」

「じゃあまた別のドワーフにお願いするしかないってことね?」


 このシュタールに関してはドワーフ側の案内で引き合わせてもらった職人だ。それ以外となると飲み会で仲良くなった中から選ぶしかないと考えてみたマケリだったが、残念ながらどのドワーフの顔も朧げどころか、どんな会話をしたかすら記憶にない。


 人間ばかりで固まって喋っていたダンたちも同様で、寝たふりマルシャンも役に立ちそうにはない。


「あいつなら……人間が持つ魔剣ていどなら問題はないだろうが酒でご機嫌を取るなんて無理だし、ちぃっとばかり特殊なやつだ。それでもよけりゃなんだが、どうだ」


 自分の工房が大破しても酒があればそれでいいらしいシュタールが眉間に深いしわを寄せながらもどうにか紹介出来るのがそのひとりらしい。


 問われて後ろを振り返ったマケリが「まあ、変わり者ってことなら慣れてるし」と言って了承したのを、目が合ったアイシャは「どういうことなんだろ」と首をかしげて聞いていた。



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