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異世界で女の子に転生した彼の適性はお昼寝士 新しい人生こそはお気楽に生きていくことにするよ  作者: たまぞう


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打ち解ける(戦鎚で打ったら建物が瓦解したという意味ではない)

 アイシャのストレージの中は時間の経過が非常にゆっくりとしており、中身の劣化具合はまるで冷蔵庫の扉を開けて中を確認するくらいのお手軽さで容易に把握できるようになっている。


 少なくとも時間が止まるものではない以上は使わなければ腐るようなものもたくさんある。アイシャのストレージの中でそれに該当する代表は当然ながら食材である。


 もちろんいまだに保管されている雪人族ルミの亡骸なんてのもあるが、これについては以前に皐月が堪能したあとにストレージ内へ自動収納されたときに結晶の中に閉じ込められ、今なお美しい姿を維持している。


 そんな封印まがいの状態を、ギラヘリーで咲いた花のオマケだと言ったのはどこぞの影だ。少なくともその状態で腐敗の懸念はないと聞かされ、アイシャもルミもホッと胸を撫で下ろしたのはずいぶんと前になる。


「はい、こっち焼けたから持っていってー!」

「アイシャちゃんお酒も出して」

「はいはい。んーっと、樽のままでいい?」

「ありがとっ」

「焼き鳥のおかわりだってー!」

「俺らも手伝おうか?」

「ん、ミラちゃんとミドリちゃんがいるから大丈夫。それよりも“接待”なんだからしっかりやってね」

「……焼いてるほうが楽だって気づいてるやつか」

「見たこともないドワーフと何を話せばいいかなんて分かんないからね、私は」


 ストレージを奥まで引っかき回して「永久保存版ルミちゃんなんてのもあったなぁ」とアイシャがつい回想にふけってしまうくらいに、今はただ無心で鶏肉と牛肉と魚を串に刺して焼いている。


 肉を切って串に刺すのはミドリが異様なほどに慣れた手つきでしてくれるのだから、アイシャは自前の焼き器をいくつも並べてどんどんと焼いていくだけだ。


 ちなみにミラのお仕事はアイシャの汗を拭うことと、焼けた串焼きを並べる皿を用意することだ。このあたりは慣れたフェルパのほうが出来ることも多い先輩だが、チーム“ララバイ”を巻き込んだ時には熾烈な補佐役ポジ争いが繰り広げられそうであり、そのうえで争い向きではない性格でまごまごするふたりを差し置いてサヤにポジションを奪われ、唖然とするふたりは揃ってマイムの奇行に翻弄されるのだろう。


「しっかし、ドワーフってよく飲むのね」

「他のものだと何の取引にも応じないのに、人間族側のお酒となら多少の魔石を融通してくれるって話だからね」


 ドワーフたちも本来であれば就寝時間であろう夜中の広場では魔道具の明かりも絞られて薄暗くされているが、人間族側から来たアイシャたちを歓迎するとして始められた飲み会には焚き火がたかれ、食べ物と飲み物を持ち寄ったドワーフたちの盛り上がりは未だ冷める気配もない。


「大人しくお客さんしてたらよかったのに」

「だって、ついつい……」


 アイシャがとりあえずこれだけ、と取り出した肉たちの下ごしらえを終えたミドリは、ことの発端であるアイシャが困ったような顔で、それでも楽しそうに串焼き屋台をするのを眺めながら思い返す。





 ドワーフ族領との境界を越えたアイシャたちは30分と歩かないうちに彼らの住む集落へとたどり着いていた。


「ああ、おめえさんたちが来るのは聞いちょった。俺がドワーフ族窓口担当のラーだ。知っちょるかもしれんが、ドワーフ族って言ってもこの山の中だけでいくつも集落はあるし、山の外にも大きめの村単位でいくつもある。やっちょる事もそれぞれに違いはするが、おめえさんたちは魔剣の修理を頼みたいっちゅうこっちゃな?」


 全体的にずんぐりむっくりという表現が似合うドワーフの男は、しかしその背丈はアイシャよりも高くミドリよりは少し低いくらいで、そのくせ筋肉が盛り上がって丸く見えるほどなのだから、アイシャやルミからすれば十分に威圧感がすごい。


 たっぷりとたくわえた顎髭を撫でるラーが「ついてこい」と案内してくれたのは大きな鍛冶場だった。あちこちに散乱する鉄屑や失敗作らしきもの。申し訳程度のテーブルと椅子は接客用ですら無さそうだった。


「おおい、シュタールや。おめえさんに会いに人間どもが来ちょるぞ」

「その言い方はやめいや。わしに人間の知り合いなんぞおらん」

「そんなこと言うな。“人間の持つ魔剣”なんぞ、他のもんに回せるかいな」


 ひと気の少ない鍛冶場から聞こえてくるのはラーと同じむさ苦しそうなドワーフの男の声だけで、少なくとも活気というものは皆無なうえに、どこか不機嫌さを感じるやり取りに早くもマルシャンとミドリはこの交渉が上手くいかない気がして表情が硬くなる。


 案内をするだけはしたと足早に去っていくラーを見送ると、鍛冶場の奥からやはりむさ苦しい見た目のドワーフであるシュタールが現れた。


「あ、あの……こちらの魔剣の修理を──」

「あーあー、こんなやから人間はすかん」


 マルシャンの手招きでアイシャがストレージから取り出した剣神の折れた魔剣“龍爪”を手に前に出るよりも早くシュタールが手を振って遮る。


「あめえさんら、はじめましての他人に挨拶もないんか」

「あ、そ、それはすみません。わたくしは人間族の──」

「そんなん興味あるかいな」


 髭もじゃのドワーフから礼儀を諭され丁寧な挨拶をしようとしたマルシャンだったが、またしてもこのドワーフは苛立ったように遮りクソデカため息をついて出ていけとでも言わんばかりに腕を大きく振った。


「えぇ、せめて話だけでも」

「聞く必要なんかねえ。どうせ人間族のつまらんなんちゃって魔剣を見せられてげんなりするだけに決まっちょる。今までみたいにクズ魔石持って帰って喜んでたらええんや」

「クズって……」


 このドワーフが言うようにそのくらいでも、人間族は取引出来ることに可能性を感じて喜んでいたわけだが、シュタールの言い草だと捨ててもいい程度の魔石を恵んでやっていた感覚らしい。


 しかしそんなことは商業ギルドの者たちもよく知っている。自分たちよりも低く見ている相手が、ドワーフの作る物に価値を見出して求めてくるのだ。それも雑に扱い邪険にしても、過去に暴れた人間のことで揉めた時でさえドワーフの機嫌を窺うばかりの言いなりだった種族だ。増長したとして何も不思議ではない。


 過去の積み重ねと、それでもドワーフたちとの関係を築きたい人間族の方針で肩身の狭い思いをする現場の人間は理不尽だとしても受け入れるしかない。


「でもそんな──」

「あんたたちって本当に嫌なやつよね!」

「ああっ⁉︎」


 不満を顔に出さないように、口を噤んで前を向くマルシャンを見てテオが代わりに何かを言おうとしたところに飛んで割り込んだのはキジトラ着ぐるみパジャマ姿のルミだ。


 客商売するわけでもないらしい鍛冶場にあるのはみすぼらしい椅子とテーブルくらいのもので、その椅子の背もたれに降り立ったルミは仁王立ちのままシュタールへ指を向けて堂々批判する。


「自分たちの求める魔剣が造れないからって最近じゃ諦めて剣の一本も打たなくなったくせに」

「なんでそんなことを知って──」


 ルミの挑発に一瞬で顔を真っ赤に染めて怒気をはらませた目で睨みつけるシュタールだったがルミはおかまいなしに続ける。


「副業の酒作りばっかして、しかもそっちのほうが簡単でお手軽に楽しめるからってもう本業みたいになっちゃってさ!」

「酒はっ──、難しいんだぞっ」

「満足出来ない武具に苛立っても、粗悪濫造の酒なら酔っ払えるから捨てることもないし楽しいんだってほざいてたくせにっ!」

「何もんだてめぇっ、どこからそんな話を──っ!」

「ふ、ふんっ、イラついたらすぐ手を出すのも変わらないのねっ」


 彼のプライドを刺激してしまったのか、力任せにソファ目掛けて振り下ろされたシュタールの拳をギリギリでかわしたルミは素早くアイシャの頭の後ろに隠れて心臓をバクバク言わせながらも口で攻めるのをやめる気はないらしい。


「そのくせ人間の魔剣に嫉妬してそんな嫌がらせみたいな態度を取るんだから、救えないわよねっ!」

「てんめえええええっ、黙って聞いていればっ!」

「全然黙ってないくせにっ!」

「そうかっ、そうまで言うんなら──っ!」


 なおも「真っ赤な顔してウケるーっ」とまで煽り散らかしたルミに堪忍袋の緒がきれたらしいシュタールの体から魔力が溢れ出す。


 鍛え抜かれた筋肉に血管が浮かび、広げた両腕に魔力を集めて手を組み合わせるとそこに大きな戦鎚が現れる。


「ぶちかましたらぁっ!」

「ママ助けてええええ」

「ええっ、ルミちゃん⁉︎」


 イキり精霊ルミはアイシャの後頭部に張り付き、危険が迫るとアイシャを身代わりにして飛んで逃げた。


 怒り心頭のシュタールが手加減をしているなんて期待も、実はただのおどしの寸止めの可能性を感じさせない狂気で戦鎚を振り抜くと、鍛冶場はその半分を吹き飛ばしてドワーフの集落全体を揺るがして騒がせた。


 シュタールのあまりの気迫と衝撃にテオは咄嗟にマルシャンを庇ったが、マルシャンともども気を失い、アイシャを守ろうと前に出たダンとルッツも頭を庇って腕を重ねたまま動けない。


 涙目のミラはやはり大量の幻影を発してあたりを埋め尽くしていたが、もちろんシュタールの戦鎚を止める物理的なチカラを持たないし、1番危ないと判断したアイシャを抱えて飛び退いたミドリはその光景に目を疑った。


 あまりのことにどう対処すればいいか迷って行動出来なかったテンパりお姉さんマケリが、さすがに命の危機に際しては手にした武器であるアイシャ謹製のククリナイフを抜いてシュタールの戦鎚を迎え撃っていたのだ。


 魔力をこめた全力マケリパワーのおかげか、シュタールの戦鎚は最後まで振り抜かれることなくマケリのククリナイフと仲良くぶつかった状態で止まり、あろうことか衝撃に吹き飛んだのはシュタールの背後にある建物部分だけだった。


「まさか人間が……」

「こいつは一大事だ」


 ざわざわと、周りから聞こえてくるのはある種の興奮状態に陥ったであろうドワーフたちの声で、それが次第に大きくなっていくにつれ、時間が止まったように固まるマケリもやらかした事を理解して冷や汗止まらないお姉さんになる。


「ねえ、あれはアイシャちゃんの仕業なの?」

「ううん。どうしようもなかったら止めようかと思ったけど私じゃなくってほらあれ」

「あ……なるほど」


 アイシャを抱えて遠くに飛び込んだミドリは、指差して示されたマケリのククリナイフを見て納得するしかなかった。


「うおおっ、宴じゃああああああっ」

「見どころのある人間がきたぞおおおっ」

「酒だっ、酒をありったけもってこおおおおいっ」

「うおおおおお」


 何が彼らを動かしたのか。もはや関係悪化による処罰は免れないであろうとその未来を悲観して泣きそうなマケリと、何故大事な鍛冶場が爆裂四散したのかと呆けるシュタールをよそに、ドワーフたちは盛り上がりあれよあれよという間にお祭り会場は出来上がっていく。


『ハナモゲラっ!』


 人間族一行から聞こえた陽気な声はそのひとつだけだった。





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