目に見える関係性
山のふもとに設置されている門の向こうは洞窟になっていると聞かされていて、アイシャとしてはシャハルの街近くのグルウェルの洞窟に似たものを想像していたが、実際は全く違っていた。
「地面が真っ平らだ……いったいどういうことなんだ」
「それだけやない、あの辺からは壁もきれいにされとるし、この燭台とかも全部魔石が使われてるんや」
「ドワーフたちが整えたってギルド長からは聞いてるわ」
門をくぐってすぐこそごつごつとした岩肌が特徴的な洞窟だったものが、10mほど進んだあたりから急に石造りの廊下のようにその姿をガラリと変えていた。
それまでと同じ土色なのは変わらないのに、均して固めて紋様を彫り刻んだような床や壁には滑らかな光沢さえあり、壁と一体となっている燭台を模した魔道具の明かりは、アイシャたちが振り返ったクラスペダ側の門までをも照らしていることがわかる。
色合いだけを見れば地味ともいえる内装は、しかしここがただの通路であり自然の中だと思えば実に手の込んだものである。
予想外にも美しい造りにルッツとテオが驚きと感嘆のこもった声をあげると、唯一しっかりしないといけないと張り切るお姉さんマケリが仕入れていた情報をもとに説明をしながら進んでいく。
「当時、ドワーフたちは交流を持つことになるからって人間族領までの経路を全て整えてくれたそうよ。その保全のためにも月一でドワーフたちが門の手前までやってきて魔力を注いでいくんだって」
「なんや、えらく好意的やねんな。それやったら魔剣の修理くらい頼めそうなもんや」
「──そう思うじゃない? でもね、過去になんでここまでやってくれたのかって訊ねたひとの話だと、ひ弱な人間相手とはいえ道一本で魔族でもない種族と内部で繋がることに懸念を抱いたドワーフたちが、自分たちの手で道を整えることで、ここを通る人がいればすぐに分かるようにして、有事の際には簡単に塞ぐこともできる細工まで施してあるそうよ」
「前言撤回や、いっこも信用されとらんやないか」
「道を塞ぐって……実際にはどうするんでしょうか」
「……あっという間に天井も床も壁もせり出して何もかも潰すそうよ」
「ひっ……そんなことされたら逃げ場もない」
何かしらの道具か魔道具かでなければこれほどまでに人工的な空間を山の中にある洞窟に造り出すことはできないだろう。
その維持のために魔力が必要で定期的にメンテナンスまでしているとなればドワーフがいかに重要視しているかがわかる。
「だからこそ、剣神様がドワーフ族と揉めた時には関係各所からの過剰なまでの働きかけがあったと聞きます。その気になればこの唯一の繋がりを、向こうの一存で埋め立ててしまえるのですから」
テオの隣を歩くマルシャンもここでふざけるつもりはないらしく、至極真面目な顔でアイシャたちを見回し「決して粗相だけはしないでください」と告げる。
肩をすくめて「おお、こわ」と呟くマケリはそれでもダンたちが必要以上に緊張しないようにと笑顔を絶やさない。
「私たちが内心でビビってたら、それは口にしなくても向こうにも伝わるわ。この道が今もあるってことは、逆に言えば拒絶されずに取引の余地を残してくれてるってことなんだから。魔術士ギルドを飲み会に誘うくらいの気軽さでいけばいいのよ。だからみんなも……アイシャちゃんみたいな普段通りの顔しててちょうだい」
「……アイシャちゃんは何も考えてへんだけやないか?」
「──それがいい状況ってのもあるのよ」
もしこの山の大質量に押し潰されたらと想像して顔を青くさせるダンたちとは違って、純粋に魔道具の明かりが気になって壁をよじ登っているアホの子の表情に悲壮感はかけらほども見当たらない。
「ママ、みんなが見てるよ」
「え、なんで?」
「はしたないって思われたんじゃない?」
「……たしかに成人女性のすることじゃなかったかも」
銀ぎつねを模した着ぐるみパジャマを着て壁にしがみつくのは確かに大人のすることではないだろうが、ルミに言われて気づかされた視線をそう解釈してしまうアイシャに「それ以前に話を聞いてなかったか」とダンたちも苦笑を漏らす。
歩きながら改めて先ほどの話を聞かせてくれたミラにアイシャも顔をしかめたが、それもほんの少しのことだった。
「ねえルミちゃん。そのドワーフの細工だけど、どれくらい強力なのかな」
「どのくらいって?」
「たとえばミドリちゃんが踏ん張れば止められるくらいとか」
「私が⁉︎」
アイシャとルミのひそひそ話に聞き耳を立てていたミドリがつい反応してしまいミラが驚いてミドリの顔を見上げる。
「みんなの命を守るためという尊い自己犠牲の精神で自分の命を差し出す覚悟があれば少しくらいの抵抗は出来るんじゃない?」
「具体的にはどのくらい?」
「んー、2秒?」
「みじかっ」
「そんなもんだよ。だって相手は魔族だからね。もともとある洞窟の表面に仕掛けをして、一部とはいえ山を変形させようってんだから、人間の魔力や体じゃあどうしようもないよ」
じっと話を聞いていたミドリは「そもそも私を生贄にする発想やめてよ……」と悲しげな顔をしてコロコロ変える表情でミラを困惑させているが、これはアイシャの中で1番腕が立つであろうミドリがどの程度生き残れる可能性があるかを推測することで、そうなった時の動きを考えるつもりでの発言だ。
そしてどうやらそもそもそんな事態にしてはならないらしいことが分かったのと、別の回避方法が頭に浮かぶ。
「じゃあさ、ドワーフの仕掛けっていうのは誰なら阻止出来るの」
「それって発動したときにってことよね。そんなのはもうやった本人か、あるいは──」
そこまで考えて、ルミは思い至る。
「“地”の上位者……だね」
「じゃあ問題なさそうだよね」
何が問題ないのか。聞かれたとして他のメンバーにはさっぱりであろう会話も、聞き耳を立てているミドリだけは合点がいった。
アイシャがポケットから取り出して撫で始めた黄色いトカゲが何者であるか、マケリの肩にもはや相棒かのようにして乗るハナコが何者であるか。ミドリは未確定の凄惨な未来よりも、確定している頼もしい仲間がいることに心から安心した。
道中いくつかの曲がり角と長い階段を何度か越えたところで、アイシャたちは少し広くなった通路にある木造の建築物と鋼鉄製の門扉にたどり着いた。
「この門から一歩踏み出せばそこはもうドワーフ族領である。ドワーフたちの住む集落もすぐだが、ここで泊まることも可能だ」
かつて洞窟の中で人間族とドワーフ族が出会った場所にはお互いの了承のもとで境界が引かれている。
そこに建設された建物は人間族が持ち込んだ木材による門番たちの詰所兼訪問者用の宿泊施設であり、使用料さえ払えばアイシャたちも利用出来るものとなっている。
「時刻は午後3時を回ったところだ。門の開閉が午後の6時までだから明日にすることを推奨するが、どうする」
「んーと、とりあえず挨拶だけでも出来ればと」
「ならばこれを持っていくがいい。こちらからの許可を示す割符を向こうで照合してから挨拶に入るように」
「分かったわ、ありがとう」
実に真面目でお堅い門番は麓でも出会った門番たちの同僚らしく、アイシャたちの来訪をすでに知っていたようだった。
「“通信”の魔道具があるからな。これに連絡のない者は誰であれ通すことはない」
「そんな便利なものがあるなら普及させればいいのに」
聞けば魔道具同士を登録させておけば距離に応じて魔力を消費するものの、声でも文字でもやり取りのできる通信技術により、この場所と麓の門での業務連絡が行われるそうで、テオたちのようにいまだに直接会って口頭でやり取りするのが主流の者からすれば便利なことこのうえなく、手に入るのであれば是非とも欲しいものではある。
「──ドワーフからの貸し出しの品でな。仮に分解などすれば自然発火して消滅すると言われては原理の解明も出来そうにない。もし誰かが買い付けることが出来たなら国王自ら買い取るという話だから、ここを訪れる商人たちの目的はそういったところにもある」
「ええ。ですが今のところはろくにそういった成果も上がってはいませんが」
マルシャンも何度かこうして訪れはしたものの、買い付けることが出来たのは完成品などではなく素材となる石や魔石をいくつか程度だ。それも貨幣とではなく人間族側から持ち込んだ物との物々交換によるもので、とにかく相手が気にいるものでなければ交換に応じることはないとのことだ。
「ちなみに過去には何と交換出来たんですか?」
「別ルートで手に入ったことのある魔道具やシャハルにしかいない魔物の魔石……それも結構な大きさの魔石だったわ」
マルシャンから聞かされた条件はミラの考えていたものよりもずっと厳しく、とてもじゃないが自分では役に立てそうにはないと呟くだけだった。
「そういえばひとつだけドワーフが妙に興味を持ってくれたものがありましたね」
「それはどんなものですか?」
門を通り抜け、ドワーフの集落を目指しながら「実際に売ってはいけないと念押しされてたので相手の反応を見るに留めただけですが」とマルシャンは前置きする。
「局長からの依頼だったんですよ。なんだかよく分からない人形のようでもあったんですけれど……そうそう、今のアイシャちゃんみたいな毛並みのキツネの……」
これくらいの、こんな形でとマルシャンが手で示したものにアイシャは思い当たるものがあった。
「こう、指を掛けてみたドワーフが突然びっくりしたようにして取りこぼして地面に落としてしまったので一旦こちらで回収したのですが、少し借りてどこかに持って行ってみたいと言われたので紛失や分解の危険を感じたため局長の言いつけ通りに断って持ち帰りました」
思い出しながら説明するマルシャンの手つきは、手の中の何かを握り閉ざすようであり、見た目の話を聞けばどこか間抜けなオモチャを連想させるものだ。
(あの髭め……っ)
治安維持局局長バラダーが持っていたというそれが恐らくどころか間違いなくアイシャが納品したキツネ型の水鉄砲であることは明白で、調べるうちにトリガーに手をそえたドワーフが魔力を吸い出される感覚とその結果がどうなるか不明だったために慌てて手を離したのだろうとアイシャでも容易に想像がつく。
水鉄砲の存在を知るギルド職員は局長バラダーのほかにどれだけいるだろうか。少なくともすぐにアイシャと結びつけるほどに知るのはベイルとミドリ、そしてマケリくらいになるか。
バラダーに納品したのが今年の頭ごろであることを考えると、もともとドワーフとの取引に使えないかという目論見もあったのだろうと考え、そうなると今回の件に自分が指名されたことさえ裏があるのではないかとアイシャはミドリをじっと見る。
「アイシャちゃんみたいな見た目の、なにかねぇ」
「私は何も知らない」
「まっ、狐好きのドワーフなだけかもだからねぇー」
調子のいいクラスメイトみたいにフレンドリーに肩を抱いて探りを入れるマケリにアイシャはまたしても面倒から逃れられない運命にあることを悟った。




