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異世界で女の子に転生した彼の適性はお昼寝士 新しい人生こそはお気楽に生きていくことにするよ  作者: たまぞう


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旧き仲なればこそ

 シャハルと同様に山の麓に位置する街“クラスペダ”。やはり街を取り囲むようにして作られた壁は二層構造となっており、ぽっかり開いた洞窟からドワーフの集落があるという魔族領と繋がるこの場所で出来た初期の街並みは古く、低めの石垣によって囲まれている。


 その初期の囲いの外には街の発展を象徴するかのように新街が石垣にそって築かれ、その外周を高いレンガ造りの壁で覆われた今の形が魔族との友好関係のひとつを担う要衝クラスペダである。


 外壁にある四つの門はあくまでも流通を優先したもので、身分証の提示さえ求められない。閉ざすのは魔物の襲撃があった場合くらいだという門では、ゆるい雰囲気の門番というか市場のおばちゃんみたいなのが愛想を振りまいている。


 アイシャたちが泊まる宿もこの新街にあるのだが、目的の魔族領への門は旧街の奥にあり、ここのギルドもまた旧街にあることから、宿に寄る前にアイシャたちは新街を素通りしてさらに奥にいく。


「今度は門番っぽいね」

「少なくともお主らよりは出来る者たちだな。何を言われても粗相だけはしてくれるなよ」


 かつてドワーフ相手に剣神とタッグを組んで出禁を食らった人物による注意も、それと知らないダンたちからすれば十分に効果のあるもので過剰な緊張に体を固くしてしまう。


 とはいえ門番による審査は、提示を求められたギルドカードのなかでも、名前と所属、それと職業をそらで答えて照合する簡単なものでしかない。


 もとより、切ること叶わず捨ててもいつの間にか手元に返ってきているような、ある種のいわくつきの一品かのようなギルドカードは、偽造の手段すら見つかっておらず、万一に備えてのこの照合作業をする門番もどこか慣れというよりも偽造出来っこないとタカを括ったような手抜き感で問題なく通過できた。


 性別の変わったテオなどは内心ひびり散らかしていたが、そもそもギルドカードに性別の記載などないし、選択式の職業は弓術士のままだ。変化を咎められることなどない。


「それにしてもドロフォノスさんはギルドカードを出さなくて良かったの?」

「職務上、拙者の素性は誰に明かすわけにもいかないからな。この通行手形で通れないのは王の寝室くらいのものだ」

「へえ、これが通行手形……なんだか技能くさいね」

「いい目をしているな。これは結界神が手ずから作成してくれたものだ。拙者のもつ手形と、各地に配られた読み取り機で本人確認が行われる」

「これこそ落としたり盗まれたりしたら……」

「裏面の番号に正しい順番で魔力を流さないと使えないようになっているからな。三度間違えば粉々に砕け散ってしまう代物だ」

「へえ、意識たかっ」

「ちなみに番号は拙者の誕生日だ」

「バラしたらダメでしょ」

「拙者の誕生日を知るものなど身内にもおらぬよ」


 街に到着してからは危険もないと踏んで再び御者台のアイシャの隣に立つラプシスはギルドカードではなく、クリスタルで作られたような厚みのある板を提出することで門を通過していた。


 よく均され磨かれたクリスタルのように見えるそれは結界神により施された結界の技能であり、維持はラプシスの魔力で、起動も同様であると言う。


 誕生日を誰も知らないということについてはミドリが小さく頷いていたことからその通りだろうし、そもそも登録した誕生日さえも実際のものとは違う可能性さえある。


 そんな通行手形を技能によるものと推測したアイシャにラプシスは機嫌を良くしてみせたが、結界神の名前を聞かされてもいいことはないと適当なところで話を切り上げたアイシャをラプシスは覆面のなかで嬉しそうな笑顔を作ったまま見つめていた。





 旧街のメインストリートは左右に様々な商品を取り扱う露店が立ち並び、掘り出し物の匂いを嗅ぎつけたのか、荷台で大人しくしていたマルシャンが飛び降りてあちらこちらで商談をはじめる。


「ずいぶんと変わった人物と思ったが、ああしているのを見ると確かに商業ギルド員なのだな」

「テオちゃんの覚醒の立役者……って言っていいんでしょうか」

「その話また聞かせてよねぇ。ベイルにも知らせとかないといけないんだから」

「そうですね。一般人の私から見てもあれは……独特で、強烈でしたから」


 あくまでも当代ドロフォノスであることを隠すミドリは、彼の異質さをそれでも口にせずには居られない。


「弓矢よりも強力な攻撃手段を備えた弓術士なんて聞いたこともないです」

「マケリさんは良く寝てたから見てなかったんだよね」

「だってもう疲れが限界すぎて……ハナコちゃんはとっても柔らかいし、寝るなっていう方が無理よ」

「ハナモゲラっ!」

「ずいぶんと気に入られたみたいだね」


 ベイルから預かったハナコが自分の意思でとはいえ手を離れて穴の中に消えたことに多大なストレスを感じたマケリは、無事帰ってきたハナコを抱きしめて離さない。


 そんなマケリの抱擁に気をよくしたハナコは、心身ともに疲れ果てたマケリを癒すべく、クッションにも抱き枕にもなることをいとわないらしく、揺れる馬車の荷台で進んでマケリの尻の下にも頭の下にも挟まれていた。


 オユンの世界が破られアイシャたちが救出されたときにオユンの元に繋がり魔力を吸われていたマケリにもいくらかの魔力が還ってきたが、消費された分が全て戻ったりはせず、寝ずの見張りによる肉体的疲労や精神的な疲労がその場ですっかり癒えるなんてこともなく2日を経たいまも激しい倦怠感に見舞われている。


 そんなお疲れお姉さんマケリが見逃したテオの活躍はにわかには信じられないものだが、散々見せつけられてきたアイシャたちにとってはあの時の続きのようなものだ。


「テオちゃんがこう『跪くがよい』って睨みつけた途端に魔物が震えて縮こまったところを『その罪、万死に値する』って言ってピシって──すごかったよっ」

(ルミちゃんにはそう見えていたのかなぁ……)

(もちろん誤魔化してるよ! さすがに私の口からほんとうの事は、ね)


 テオが何をして2頭の黒虎の魔物を仕留めたかといえば、やはりそのムチを使ってである。そしてやはり女王様口調で地面にムチを叩きつけて命令したあとは、やはりアレな女王様を彷彿とさせる単語とともに走らせたムチが魔物を強かに打ちすえていとも容易く仕留めた。


 ルミが勝手に威厳漂う感じにアレンジしたテオの戦いのお話を信じたマケリが、シャハルに戻った時に冒険者ギルド長ベイルに報告をするわけだが、実際にベイルが目にしたソレの違いに頭を抱えたのは言うまでもない。


 そんなテオのムチを使った戦いは当然ながら“女王様”としてギルドカードに表れているが、変えられない“適性”ではなく、自由に選択のできる“職業”として存在している。


「あのとき、であろうな」

「そうなんだろうね」


 ラプシスが言うのはやはり夢の中でのことだが、アイシャの記憶にはない。それでもひと通り聞いたところでいつもの影のあいつが一枚噛んでいることは理解しているので、何かしらの干渉をしたことは疑う余地もないとアイシャは納得している。


 というわけで、デフォルトが弓術士のテオのギルドカードを身分証として提出したところで何事もなく通過し、この街のギルドへと訪れることができた。





「おお、お待ちしていましたよ。道中何やらトラブルにでも見舞われたようですね」

「ご心配をおかけしました。なにぶん極秘の任務がありまして……ですがこの通りみな無事でござる」

「そうでありましょう。ドロフォノス殿が指揮を執っているとは聞いておりましたからね。再三の問い合わせを寄越してきたシャハルのギルドはどうも心配性が過ぎるというか──」

「なに、ヒヨッコどもを連れているからこその心配であろう」

「なるほど……ふむ、そのようですね」


 クラスペダのギルドに到着するとドロフォノスことラプシスは真っ先にギルド長との取り次ぎを願い出た。しばらくして案内されたのは白いレンガ造りのギルドの建物3階にある応接間で、アイシャたちはギルドを取りまとめるギルド長と対面している。


 シャハルに限らず治安維持局局長であるバラダーの護衛として同行することが主任務にあたるドロフォノスはここのギルド長とも面識があり、相手からの信頼の度合いは椅子に腰掛けて固まるばかりのダンたちにも十分に伝わる。


 それでもシャハルの冒険者ギルドをどこか軽く扱うようになってしまった言葉にはマケリとミドリもその表情を硬くしていた。


 その気配を敏感に察したラプシスが尤もらしい実情を踏まえた返しをしたことで、クラスペダのギルド長も自身の失言に思い至り、謝罪こそないものの少し目を伏せながら態度で示すことでマケリたちも口角をわずかにあげて目礼した。


「今回の用件については……?」

「もちろん準備は出来ている。これを持っていつでも向かってくれ」

「かたじけない」


 オユンのことやテオの性転換など諸々もあったが、アイシャたちがここに訪れたのはあくまでも中継地点であり、目的は山の洞窟を進んだ先にあるドワーフの集落だ。


 その入り口は堅固な門で閉ざされており、通常は街の外の人間のために開かれることはほぼない。


「ドロフォノス殿にいまさら言うまでもないことではあるが、門をくぐればそこはもう人間族領とも魔族領ともつかない無法地帯。我々も監視は続けているところではあるが、確実に安全とは言い切れないですよ」

「なに、重々承知しておる」

「くわえて、魔族との交流も少しずつ進展している状況……決してその仲を壊すことだけはないように」


 たとえ中で不幸に見舞われたとしても、とギルド長は付け足したのは、誰かが命を失ったとしても人間族の利益のために黙ってやり過ごせということだ。


「なあに。うちの連中は見ての通りの大人しいやつばかりでな。そちらが危惧するようなことにはなるまい」


 振り返りアイシャたちを見回してまるで「最近の若者は」とでも言わんばかりの視線を送るラプシスだったが。


「いや、私が言っているのはドロフォノス殿のことでな」

「む、拙者がなにか」

「いつかのような粗相だけは勘弁願いたいと言っているつもりなのだが」

「──」


 かつて魔剣を欲しがった剣神トマスの付き添いでドワーフの元を訪れた先代ドロフォノスであるラプシスは、魔剣の製造も買い付けも断られた腹いせに剣神と一緒になってドワーフと取っ組み合いの喧嘩をしていた。


 クラスペダのギルド長はもとより局長バラダーやその他関係者たち多くの人間の尽力により、どうにかドワーフたちの怒りを鎮めることが出来ていまがある。


 元は冒険者ギルド出身であろうことが伺える鍛えられた体躯と実力者らしい佇まいのギルド長が、たっぷりとたくわえた顎髭をさすりながら苦笑いを向ける相手は他の誰でもないドロフォノスであり、オユンの件を濁して話を進め出したドロフォノスを見るダンたちの視線が、時間の経過とともにどうにも不信なものを含んだようなものになっていくのを見てギルド長は胃を労わるようにそっとお腹に手を添えた。




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