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異世界で女の子に転生した彼の適性はお昼寝士 新しい人生こそはお気楽に生きていくことにするよ  作者: たまぞう


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変幻自在だが結局まぼろし

 ミラの名前が出た時は、本当に衝撃を受けて頭を悩ませたはずだった。


 そんなアイシャも今となってはただただ見ているだけの無力なモブへと成り下がっている。


 いや、さっき受け取ったスライムを帽子のように被って耳を覆うことで、いちばん意味のわからない音を遮断しているあたり抵抗だけはしている。


「それ……なんなの」

「それとは酷い。君ももう分かってるんだろ? 今回のMVPであり、今回の最大の被害者──」

「ああ、そういう……」


 もしそれがアイシャの近くにいる誰か、というのであれば、いまだに混ざりものが分かりやすく体に現れているあの子でしかないのだろう。


 というより、聞き覚えのありすぎる、あまりにもひどいセリフがいまも延々と響いているのだから疑うこともない。


 影の人物が手に持っている杵で叩くほどに、耳を塞ぎたくなるような嬌声をあげている餅を、どんな気持ちで見ればいいのか。


「このオユンは本来なら君たちが関わってしまえる存在ではないんだ。それだけのチカラを持っていて、住む世界も理も違う」


 優しい口調で、しかし影の人物は餅つきの手を止めずに語る。


「それがどうだい。この超越者のほうからちょっかいをかけてきた。僕が見守るこの世界に、何度となく──」


 アイシャに聞かせる話だからだろう。憤りを含んでいるはずのセリフには今のところ怒気を全く感じさせないが、餅をつく杵は時折リズムを変えて、わざとオユンの手を打ち付けている。


 こねられる餅にオユンのナニカが混ざってしまわないかとハラハラするアイシャ。


「誰もが世界をまたぐとき、その体は実体をもたず、無防備な魂だけの存在になる。実のところ君が精霊界に行くときだってそうなんだよ」

「魂……だから私たちが戻ったときにマケリさんたちがそばにいてくれてたんだね」

「そう。君たちの肉体だけを見つけた“猟犬のように鼻の効く”人物がいて助かったね」

「ほんとーに……」


 こねられる餅は依然として緑色と桃色のマーブル模様から変わらない。ただひたすらにオユンが罰を受けているかのようだ。


「──じゃあ今の私って」

「もちろん、むき出しの魂の姿だよ」

「これが私の魂……」


 あるべき姿で。影がそう呟いたのを聞いてアイシャは自身の手を見る。体を見る。顔は──見えないから触って確かめた。


「僕からは君の姿を正しく見ることは出来ない。いつもの君だとしか認識出来ないけれど、それが君の魂の形なんだよ」

「うそでしょ、これは、これじゃあ──」


 アイシャはたまらず言葉を失くす。魂が本来の姿を現すなら、それはどんな形をしているのか。


「今君がどんな姿であれ、それが肉体に影響を及ぼすことはない。安心していいよ」

「えっ、私こんなにナイスバディなのに!」

「──ただの願望だね、それは。実際の女の子でも、過去にあったはずの男の子の姿でもないものを想像して、それを選択してしまうあたり、実に君らしいと言えるけども」


 ミラと言われたスライムを頭に載せた女の子アイシャは、それはそれは艶っぽく美しい美女アイシャだったそうだが、アイシャ本人しか認識できない、幻術以上に幻の存在であったらしい。





「オユンは君たちの世界で御伽話の存在だけど、それと同じくらい情報もなく不確かな存在なのがそのスライムだよ。なにせ魂そのものだ。死ねばその世界においてはみんな無になり、あるはずの魂は肉体の死とともに別の世界へと旅立つ」


 アイシャがひとしきり落胆して咽び泣くのが収まるのを待ってから、影の人物は続きを語る。


「不確かで、不定形。何にでもなれる、そんな魂をいじくり回すなんていうイタズラが出来るのがこのオユンなんだ。それもそのはず、肉体を持たない魂だけの世界の人物の支配者だ。君たちが肉体で何かを成し、何かを変えるように、このオユンは魂でそれをする。本人にとっては法律やモラルで縛られてもいない至極当たり前のことなんだけど、僕がそれを許さないのは──僕の世界の住人を拉致して、遊んだからだ」


 最後の言葉だけははっきりとオユンに向けられ、明確な怒りの感情をはらんでいた。影の人物にしては珍しい感情を感じさせるひとことで。


「だから餅を、魂を叩いて直すっていうの? そんな板金みたいなことで?」

「もちろん僕ひとりでは無理だ。だからこいつにやらせている」

『コ、コレハモチツキ、デハナイ。コヤツノ、ウゴキニレンドウシテハタラカネバ、ソンザイソノモノヲメッスル、チョウバツ』

「そうだよ。だから、さっさとやらないといつまでも終われない」

『グッ──』


 懲罰としては実にふざけたシチュエーションではあるが、急かす影の人物がわざとオユンの手を打つたびにその醜い顔を歪ませて苦しみの声をあげるのを見るに、効果は確かにあるらしい。


 そのうえ、オユンがその手を止めることもないことからも、何かしら強制性のある行いでもあるのだろう。


「魂だけの存在であるオユンだ。それが消えるというのは、2度とこの輪廻に還り新たな命として生まれることなどないという、完全な消滅を意味する。悦楽こそが性質の君からしたらとても耐えれるものではないだろう?」

『ヤッテル、ヤッテル、ンダ……』

「あれ、なんだかあいつ最初より小さくなって──」


 先ほどから、その手を叩かれるたびにオユンは煙をあげて体積を目減りさせていっている。


 そんな気がして、けれど気のせいかと思われた現象も明らかな変化として目に見えるほどになると、これがいつまで続けれるのかという疑問も生まれてくる。


 少なくとも、それがテオの魂だというのなら、オユンにしか出来ないというのであれば、オユンに消えられては困るのだ。


「人間族に与えられたギルドカードのシステムは魂に作用する。肉体なんてのはただの器でね、だからこそオユンのイタズラというのは君たちには効果覿面なんだ」

「そっ、それで器の形も変わってしまうっていうの? てかとりあえず一旦止めよ。そいつの……オユンのほうが先に消えちゃいそうだよ」


 それは影の人物もそうなのだろう。あまりにも進展のない餅つきの手を止めてじっとオユンを見据える。


「予想はしていたよ。でないと肉体の変化までは説明がつかないからね」

『──ソウダ、コノミハ、タマシイノアリカタヲ、カエルダケ。ソノサキガアルトスレバ……ソノモノノ、イシナノダロウ』

「つまり……?」

「テオくんは、テオちゃんであることを、受け入れた。どころか、むしろそちらを選択したということだよ」


 どれだけ叩かれても、臼の中のモチに変化はなく、混ざり合ったふたつの色はむしろそうあるべきだと言わんばかりの調和を見せている。


 何故だか、変わることのなかった臼の中の餅が、スライムが、魂の輝きが誇らしげにしているようにさえ思える。


「他のみんなは元通り……とまでは行かなかった者もいるけど、概ね問題はないよ」

「いや、後遺症のこってるの?」

「後遺症というよりは、拾い物だよ。特典と言ってもいい。ルッツくんは魔力の扱いが少し上手くなり、マルシャンは後世に発明を残すひらめきを得たかもしれない。ダンくんは……ケーキ作りが上手い男の子になったかもね」

「特典がふわっとしてる」

「そんなもんさ。魂としてはあるべき形には整えられただろう」

「じゃあ、この時間も……そろそろお終いでいいよね?」


 改めてテオのことに触れられることはなかったが、この影の人物が現れるのは夢の中が主だ。


 アイシャはその法則を知っており、なおかつ今回はアイシャ以外のメンバーまでもがこうして魂の状態でここに集められているというのを知ってしまったのなら、そんな不安要素ばかりの会合はさっさと終わらせて気持ちの良い朝を迎えたい。


「そうだね。これでやっと本題に入れるということだ」

「本題? 魂ってやつの修理? よりも大事な話があるわけ?」

「あるさ──」


 頭の上のスライムを撫でて、アイシャは怪訝な表情で首を傾げる。


「世界に魔王なんてものを乱造した罪を、問いただすという本題が」


 この時ほど、アイシャは影の人物の特異さを実感したことはない。


 まるで舞台役者のように影の人物が杵を放り投げて大袈裟に両手を広げてみせると、ミラも、ミラよりも先に手入れが終わっていたスライムたちも、テオのそれもが掻き消え、杵と臼があるばかりだった地平に幾本もの石柱が降り注いでいく。


 よくも互いにぶつかることなく砕けずに地面へと突き立ったものだと関心してしまうほどに降り注いだ石柱は、しかしこの中でたったひとり、貫き磔にしてしまっていた。


「僕の見守る世界へ干渉したのは君だったんだよ、オユン。魂を文字通り弄び、人為的な変化を与えた大罪人──魂の審判をくだすときがきた」


 まるで法の番人。影の人物は煌びやかな白の衣をまとって磔となったオユンに向き合う。


 相変わらず素肌の部分は真っ黒であるその手には、豪華な装丁の法典と、金色の剣が握られていた。



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― 新着の感想 ―
これは友人とオトナになってしまうフラグ?!それとも女王様楽しかった?!一緒にお風呂とかいろいろイベントが待ってますね
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