何やら知ってそうな人との対話
アイシャの部屋の入り口に佇むシルエット。頭の先から足の先まで黒で統一されているのは何も服装に限ったことではなく、その肌からなにまでのことで。
(影が服着てるし)
顔は逆光でもないのに全く見えないくせにそのシルエットは制服を着ている。
「本当、君は変な子になったね……でもそれはもう君がアイシャになっているからだね。加えて言えばもう君は前世の自分の名前すら覚えていない」
凹凸すら判然としない顔で、それでもこの相手に敵意も害意もないのはアイシャにもわかる。分からないのは言っていることである。
寝転んだままでは話しにくいからとアイシャは起き上がってベッドの端に座って会話を続ける。
「本当、昨日の今日とか。暇なの?」
「それも気にはなるのかも知れないけどもっと聞くところがあるんでないかい?」
謎の人物の登場頻度もそうだが、他にも聞くことは確かにあるはずだ。真っ黒な見た目はさながら立体感のある影のようで、生き物かどうかすら怪しいというのに。
「それも今の君がそうだからなのかな」
アイシャにはやっぱりこの人物の言っていることは分からない。首を傾げるばかりのアイシャに影が語りかける。
「今回は少し時間をとってある。始まりから話そう」
影は「疲れはしないけどこちらだけ立っているのもね」と言いそばの椅子に腰掛けた。
「君は……君たちはあの時目の前で落ちてきたから仕方なく飛ばした。あの世界で人生という名のバカンスを楽しんでいるところにスプラッタは勘弁だったからね」
「君たち?」
アイシャは今回は目の前の会話に食いついた。影が何を話しかけても他人事のようだったアイシャにしては珍しい。
「観念したのかな。アイシャ、君たちはそうしてこの世界に飛んだわけだけど、余りにも急だったんでね。ひとつの身体に入ってしまった」
「そういえば私の助けようとした女の子は助かったの?」
影の話を聞けばそれとなくわかりそうな事をアイシャは質問してみた。この話があるまでずっと忘れていたような、遠い昔のことを。
「長い引きこもりだったね。アイシャ、今の質問だけどその女の子は助からなかった。あんなずさんなやり方では救えなかった」
アイシャは飛び降りた女子生徒を助けられなかった事に落胆して俯いてしまう。もはや他人のような前世のことではあるけれど、この影と対話していると不思議なことにそれが紛れもなく自分のことだと分かる。
「少し長くなるかも知れないけど続けよう。君たちの新しい人生には大事なことだからね」
アイシャは暗い顔をあげて影を見る。真っ黒で真っ暗な語り手の表情は窺えない。
(私の今の暗さくらいではこいつには勝てそうにないな)
真っ黒のシルエットを見て少し気を持ち直したアイシャ。
「……その持ち直し方はどうかと思うよ?」
アホの子の思考回路など理解出来ないとばかりに語り手の影は呆れをジェスチャーで示してため息をついた。
「君たちが何で、どんなことになったのか、はたまた僕が何者なのか、君たちに何を求めるのか……全ては語らない。それだと面白くないし、君たちも望まないはずだからね」
影は手のひらを顔に当ててきっと神妙な顔をしているに違いないが、どちらも真っ黒なせいでアイシャには丸に棒がついたようにしか見えない。
「落ちた少女とそれに付き合った少年はひとつの身体に収まってしまった。それがアイシャ、君なんだよ」
魂と魂が、ごっつんこ。




