無尽蔵っ! 駆け抜けろ!
走る走る。束の間の休憩を終えたアイシャたちを乗せてドーピング馬2頭がはじめの荘厳さも美麗さも捨て去ってよだれを撒き散らし「アオアオ」奇声を上げながらとんでもない勢いで駆けていく。
「あっ、いたぞクレールたちだっ。だがもうこいつが止まらねえっ!」
先行くベイルは今回拾っていくはずのクレールに気づきはしたものの、ノンストップ“あんこ”を制御出来ずに目の前を通過してしまう。
「なあんだ。連れていくのってクレール先輩だったのか。なら──」
アイシャはクレールの目の前で馬に繋ぐはずの荷台をストレージから取り出して置き去りにする。
「クレール先輩! それ引っ張ってついて来て!」
「これ、ママからの愛よ。それ舐めて頑張ってだってさ」
いきなりの訳の分からないアイシャの指示にクレールも戸惑いはしたものの、ルミがすれ違いざまに渡した“アイシャの愛”という嘘ネーミングのハナトリカブト抽出エキスを固めた飴を受け取り勝手に暴走する。
「こんな荷台を置いていかれてもベイルさんは俺たちにどうしろって──クレール?」
「これは、まさか……そうかっ、アイシャの速さの秘密っ! この荷台を牽いて走れば分かると言うことかっ」
アイシャの愛は3つある。そのひとつを口に放り込んだクレールは即座にガンギマった。アイシャたちのお茶に薄めたそれではなく純度100%の飴はクレールに無尽蔵のチカラを与えてくれるっ。
「こここ、これがっ! ミナギルゥゥっ! 今なら俺は馬にも負けない! みんな乗るんだっ!」
馬車の轅と自分の胸を帯で固定していななくクレールは他3人の仲間を乗せて牽引して走り出す。
「すまねえ、嬢ちゃんたちっ! どうにかあいつらを回収してえんだが」
「ベイルさんっ、それなら大丈夫そうですよぉっ」
「あん? 何が大丈夫って──」
リコが何を大丈夫と言っているのかと振り返ったベイルは、アイシャたちの乗る“とうふ”の遥か後方で舞い上がる砂埃を目にし、その発生源が男3人乗せた荷車を牽いて猛追するクレールだと確認したところで「あり得ねえ」とポツリとこぼした。
「──だがこれでギラヘリーの街に行く戦力は揃ったってとこか。後はたどり着くだけだっ」
気を取り直したベイルは前を向き、ギラついた目を前方に向けて身体の中から湧き上がるエネルギーを乗馬へと集中させる。たまに出会う人からは押し殺した悲鳴を聞いたりもしたがそんなことは関係ない。今はただ急ぐだけだ。
「ママ、どうしたの?」
こちらはすでにルミによって沈静化されて落ち着いたアイシャが後方を眺めて考え事をしている。
「うーん、クレール先輩たちの居たところって何だったのかなって」
クレールたちの居た洞窟の入り口には他にも数人のギルド職員らしき人たちがいて、進入を制限していたようにも見える。街の東門にも洞窟はあるが、そこはアイシャが勝手に入っていたように出入りの制限はない。
「ギルドによって出入りを制限されるほどに危険か、もしくは──」
「ダンジョンか、ですわね」
アイシャの呟きに答えたのはリコで、こちらはまだ目がギラついていて少し怖い。乗馬を継続するためにその体力が必要なために効果を解消されていないためだ。
「ダンジョンねぇ」
アイシャはどこかでそんな単語を聞いたかなということをぼんやりと考えてみたものの、どうにも思い出せないから「まあいいか」と前に向き直った。
「ママがクレールに聞けばいいんじゃない?」
「え? だってあれだよ? もう人間じゃないよきっと」
アイシャが前を向いたのは進行方向に向き直るためではなく、視界にバッチリ映ったクレールのガンギマリ顔で砂煙を上げて人の乗った荷車を牽きながら馬についてくる姿が気持ち悪かったからである。
「アイシャっ! アイシャぁっ! 俺はお前に相応しい男になってみせるるるるるるっ」
舌を出してよだれを垂らし、ブルブル顔を振りながら走るガンギマリイケメンに仲間のモブたちも震えて声をかけられない。
走る馬たちと変質者の一行はやがてその地平線に街のシルエットと立ち昇る煙を目にした。
「お父様っ!」
リコの手綱を握る手から血が流れても歯を食いしばって唇から血が流れてもその力みを抜くことはない。何故ならリコも軽くガンギマっているからだ。




