そんなの、考えるまでもないよ
「アイシャちゃんを助けなきゃっ!」
「それはまだあとだっ、剣を持て。あの魔物たちをどうにかしねえと、助けるどころじゃあねえっ」
(海獣どもとはついてねえ。濃厚な魔力の海で生きる魔物だ、その脅威は最低でもランクC)
ギルド職員の手によって子どもたちに武器が返される。もちろん職員たちも武器を手にして子どもたちには「やれそうなら参加しろ」と伝えている。
「正直数は欲しい。だがまだギルド員でもない子どもらにそんな命令は、出来ない」
「そうね、ベイル。私たちでやるわよ」
ここに集まった大人は御者も含めて皆ギルド職員であり所属はもちろん冒険者ギルドだ。
「海獣と戦ったことは?」
「あるわけねえだろ。見るのも初めてだ」
「そ。なら私が先に行ってお手本を見せてあげるっ」
防具まで着用している時間はなかったマケリのシャツがはためいてベイルを置き去りにする。
「スカウトの実力をたっぷり味わわせてあげるわ、よっ」
マケリの得意な短剣術は上級職業“スカウト”のツリーに組み込まれているもので、身の軽さと斥候という職種の割に強力である。それに貯金をはたいて買った短剣もなかなかの業物でヒレのついた虎のような海獣の魔物も斬られたその時まで気付かずに首から鮮血を噴いて倒れる。
「どうっ? ベイルっ。参考になったかしら?」
「パワータイプの俺には全く参考にゃならねえが──」
半端者(122話)であるベイルは鍛えに鍛えた肉体だけが取り柄だ。ギルドカードの恩恵をほとんど得られないベイルは未だに初級職の戦斧術士のままでスキルなんてのもひとつふたつ取ったきりだ。
「──やりゃあいいって事は分かったぜぇっ」
デカいトカゲに毛の生えたような海獣に飛びかかって打ち下ろせば愛用の斧がその重量と力で押し潰す。
「捧げる?」
「俺がか? 勿体ねえからお前にやるよ」
「ラッキー、ありがとう」
この場合マケリが貪欲なのはもちろん、ベイルがスキルポイントに変換したところで殆どがこぼれて無くなってしまうのだから、同僚に譲った方がギルドとして見れば良いのだ。
こういう所に頓着しないベイルをバラダーは好んで今の立場にも置いている。組織のために譲らずに無駄が多くてもコツコツと集めればどうにかは出来るかも知れないのに。
「その代わり肉でも奢れよ」
「いつものね」
「一体につきいつもの1人前だ」
「──りょーかいっ」
不意打ちで簡単に仕留められたのはこの2体だけであとはそんなに簡単にはいかない。その後も2人と他の職員もが戦うなか、子どもたちはどうすべきかを議論している。
「参加すべきだ。相手がどんだけいると思ってるんだ。俺たちでも加われば好転するはずだ」
「いや、だめよ。あんなの私たちで敵うわけないでしょ」
「そうよ、もし怪我でもしたら……」
「怪我が怖くって冒険者ギルドが務まるか」
「いや、その場合責任の所在が誰に、何処にあるのかが問題になるかも」
子どもたちが固まって議論する様をフレッチャたちも注視している。大人たちもまともに経験のない敵に子どもである自分たちが向かうのであれば、その意見は統一しておきたい。
「決まらないね。私の魔弓ならいくらかはやれそうだけど、既に素手の魔物戦で魔力の消耗もしている。何発射てるか分からないな」
「カチュワは……ま、守りに行くのですよっ」
フレッチャとカチュワがどうするか話すなか、サヤはじっと自分の剣を眺めて黙っている。
「サヤ……?」
「うん、そうだね」
その手にある剣はアイシャがくれたものだ。まだ使ったことのない新品そのものの剣はスラっと引き抜けば鈍く光る剣身がサヤに勇気をくれる。
「うん、私は──」
決意などする必要なんてない。選択肢のひとつ以外は既に勇気が切り落としてしまったようだ。




