前世から引き継がれた変わらぬ性質
「逃げろっ! 呑まれるぞおっ!」
ベイルの叫びに、大波を見ておおおと感動していた子どもたちも異常な現象だと知り、水際から離れていく。
「俺たちよりも後ろにいろっ! あれに巻き込まれたら引きずり込まれるぞっ」
「いかん、間に合わない」
注意喚起しながら走る巨漢ベイルでは間に合わないと判断したドロフォノスは逃げ遅れる子どもたちをベイルへと投げて寄越す。
「どわあっ! 扱いが雑ぅっ!」
「黙ってろ」
空を飛ぶテオはまるで自分が矢になったかのような錯覚を受けながらベイルの分厚い胸板に飛び込む。
「大丈夫か、おい」
「えあ? あ、はい」
トゥンクと鳴るハートは淡い憧れの響き。しかしあっけなく地面に捨てられたことでテオは目を覚まして道を逸れずに済んだ。
走る。みんなもれなく全力だ。さっきまでは胸の高さくらいの波がいまは頭から呑み込みそうな勢いで迫ってくる。そんな子どもたちを遅れている者からひたすらに投げて行くドロフォノス。
「あと少し……どうにか間に合いそうだ」
波はもう手を伸ばせば届くほどに近い。あれがただの海水ならここまで慌てはしない。ドロフォノスの目には海水の中にいるシルエットも映っている。
「最後尾。君が行けばこの波に攫われる者もないだろう」
「きゃっ⁉︎」
ドロフォノスはサヤの腰を抱いて横に1回転して投げる。
「はいっ、キャッチよー。このまま走ってねサヤちゃん」
「あ、ありがとうございます、マケリさん」
お礼もそこそこに前を行くフレッチャたちのもとへと走るサヤ。フレッチャたちはサヤを待つのか立ち止まって──息を呑んでいる。
「フレッチャちゃん、どうしたの?」
「ア、ア──」
フレッチャが指をさして示す先はサヤが逃げてきたはずの海。
「え?」
振り返り見れば大きな波は引いていき、代わりに海獣類とされる魔物たちが30頭ほど現れる。彼らは魚と違い陸でも呼吸に支障はない。弱体化していない海の魔物たち。けれどフレッチャが指し示しサヤが見るのはそこではなかった。
「アイシャちゃん?」
サヤの視線の先で大波に呑まれた大小の影にサヤの呟きは届かない。
(まずいっ! サヤちゃんを投げる間に絡みつかれたっ)
あっという間に腰までが海水に“掴まれた”ドロフォノス。
(この魔力に質量。抜け出せる道理はない、か)
それはなにもルミのイタズラした魔力のことではない。沖の方の深い海底には澱みのように溜まった海の生物の残骸と魔力が生き物のようにうねっている。それがルミのイタズラにより大挙して押し寄せて生命を捕らえにきたのだ。そこに生きる海獣たちは抜け方を心得ているが人間族はそうはいかない。
「ああ、拙者はここまで、か」
(呆気ないと思う。戦場ならいざ知らず、演習のような海でなんて。局長に申し訳ないなあ)
それなりに場数は踏んできている。だからこそ、抜けられないのが分かるしそれは水中で呼吸出来ない人間が生きられる可能性もないと判断して、ミドリは流されるままに身を任せた。
意識が途絶えそうななか、ミドリは深く沈む感覚の外に力強くも優しい手の温もりを感じた気がした。




