人×魚 禁断の愛と擬似ハーレム
「ところでここは?」
「ふっ、今回は行き先を伝えて無かったからな。ここは海っ! お前たちには今日はこの海岸で魔物狩りをして貰う」
ベイルは逞しい胸板に生えた胸毛が震えるほどの声量でアイシャの質問に答える。
「ここで働く漁業ギルドの年に1回の追い込み漁というやつだ」
ただしこの世界の場合、浜辺から船で少し沖側に行ったところから、魔道具を使い魔力の波を海中に発生させて水の中においては危険な魔物を浜辺に追いやりそこで仕留める手法をいう。
「水中では危険な魔物でも陸に上がれば武器がなくともどうにかは出来る。いつもの得物を持たないでどこまでやれるか、それを見られると思え」
ここにいる少年少女たちは武器は何も持たず、装備はRPGの初期装備より心許ない。しかも戦えない(とされる)1人は胴体以外晒した水着姿である。
「この水棲の魔物たちを駆除することで今年の漁もある程度の安全が担保されるっ。食堂でお前たちに人気のエビフライやサーモンが今と同じ値段で提供出来るか、今年はもう食べられないかは──お前たちの働きに掛かっていると思え」
これには女子たちの露出に興奮していた男子たちお猿さんも少し恥ずかしいなどと照れていた女子たちも真剣さを取り戻す。
「顔つきが変わったな。では沖に控えている職員たちに合図を送るっ! ドロフォノスっ!」
「御意」
空に飛ぶクナイが2本。高く上がったところで赤い煙を巻き散らして遠くにそれを見た沖合いのギルド職員たちが一斉に動く。
「おっ。合図だな──やってやるかあっ! せえのっ!」
沖に間隔を空けて並ぶ漁船から降ろされたイカリ型の魔道具から魔力の波が起こされる。それらは互いに共鳴して増幅しながら周囲へと広がって、魔力を感知する海の魔物たちばかりを周囲へと追いやる。
「来るぞっ! 全員構えろっ!」
「か、構えろったって俺たち武器持ってねえしっ!」
気合いは入っているものの経験がそれに伴っていないために尻込みをしてしまう。
「簡単。肉弾戦とは己の身体を武器とする──」
迫ってくる1番先頭のイカの魔物が海中から飛び出して弾丸の様に飛んできたのをドロフォノスは皆に見せる様に真っ向から軽く跳んだ水平の蹴りで迎え撃ち撃滅する。
「ゆえに、手を足をいつもの得物と思い操るつもりでいけばいい」
「お前ら、かっこいいのを見せてもらったが、鍛錬してないと正直無理だ。手頃な棒や石なんかを使って闘え。それが戦場で武器を失った時に取れる手段だ」
ピシッと決めたドロフォノスの手法はこれまで武器を持ってしか戦ったことのない子どもたちには無理である。
(そう、だけどミドリちゃん。今の蹴りは──)
飛んでくるイカの魔物を狙うにしても鋭すぎる蹴り。まるで大きな獣の首を斬り落とさんとするような鋭い蹴りは。
やれやれと振り向いたドロフォノスとアイシャの目が合う。
その目を繋いだまま、ノールックで次の魔物を蹴る軌道は地面の上とはいえ同じ軌道。さっきよりも鋭く、速く。
(やっぱり熊の魔物の強化個体を倒した時の私の蹴りだ)
見せることの出来たドロフォノスはこれ以上手を出さないとばかりに跳んで消える。その直前に軽く頭を下げて。
「じゃあルミちゃん、私たちも──ルミちゃん?」
アイシャのそばにルミが、いない。今回も前と同様にルミのチカラを借りて戦うお昼寝士を演じるつもりなのに。
「あー、嬢ちゃん。今回は見ての通りみんな己の肉体だけの戦いだからよ。ドロフォノスが花の精霊のチカラを借りる事を許したとは言え事情が違う。今回は無し、だ。花の精霊にはどこかで見学でもしててくれと伝えてある」
「そんな。じゃあ私は──」
無事でいることなんて問題ない。けど言い訳が利かない状況にしかならないのは困る。どうしたものかと思案する、そんなアイシャにトビウオの魔物が飛びかかってくる。
アイシャの顔を目掛けて真っ直ぐに飛んでくるトビウオ。その真摯な目はそれが決して気まぐれや戯れでない事をアイシャに伝えてくる。
(なんて凛々しい瞳。そんなに真っ直ぐに見つめられると……いいよ、私も……)
トゥンクと鳴るハートはアイシャの気のせい。あんまりにも見事に直線的に飛んでくる姿に見惚れはしたものの、さすがにお魚相手のラブロマンスは成立しない。アホの子はそれでもノリで目を閉じて唇を奪われるのを待つ。
「危ないっ!」
そんなアホの子の危機を救ったのは石を投擲したテオだ。
「アイシャちゃん大丈夫かっ?」
「え、ああ、ありがとう」
(なんで魚とキスしようと思ったんだろ)
これには皐月でさえ理解出来ない。女の子相手なら専門だが魚にそういう気持ちを向けたりはしない。ひとえにアイシャがアホの子だからだろう。
「それにしても良く当てられたね」
トビウオはそれなりの速度は出ていたはずである。それを横合いから投げた石で撃ち落としてみせたテオ。
「へっへ。ベイルさんのさっきの話でさ、弓以外でも何か技能を取っておいた方がいいのかなって思って。スキルポイントはこの間のがあるからちょっとお高くなってしまったけど、“投擲術”をさ」
「なるほど。それであんなに正確に」
ギルドカードというシステムを上手く利用するとそういうことも可能だということだろう。ただしドロフォノスがやって見せたのはアイシャの蹴りを見よう見まねで愚直に繰り返した鍛錬の賜物である
「アイシャちゃんは下がってて。俺が、俺たちが守るからっ!」
ここに来て籠絡されたお猿さんたちがアイシャの役に立つ。ルッツは木の棒を持っていてダンなどは大きな流木を手にして立っている。ハルバはどうやらサヤの援護に行こうとして手前で入れずにまごまごしているようだ。
「ありがとう、みんな」
(本当助かったよ)
アイシャの内心は戦わずに済むことへの感謝でしかないが、姫を守る側近たちはその心に愛を感じて奮起した。




