【番外編】舞台に咲く花たち
バラダーは報告書の束を手にパラパラとめくり
「なぜ全部に似顔絵がある。そして男子は利き手じゃない方で描いたみたいなクオリティなのにちんちくりんだけはフルカラーで背景まで……これは一体どういう技法だ?」
ドロフォノスは言えない。それすら黙秘を要求されているのだ。
「報告書は……なにそのメモ帳。うわ、びっしりねえ。それじゃあダメだよ。読んでる人が楽しい気持ちになれないと」
「た、楽しい……ですか?」
「そうそう、よっと」
アイシャがストレージから取り出したのは一冊のスケッチブックとタッチペン。
「うーん、難しいなあ。皐月ちゃん、男子には全く興味ないからさ」
「あ、これダンね」
皐月のスケッチブックはアイシャが求めるなら、と閲覧出来る様にストレージからの取り出しを可能とした。その代わりコピー、印刷は出来ても既存のデータの編集は出来ない。新規作成は出来るためにアイシャが男子を描くのだが、誠司に絵心はない。
「うわぁ、これアイシャちゃん? 綺麗ねぇ」
「でしょ? 私の専属の絵師の力作よ。これをこうして、報告はこの辺の空いてるところに書けばいいでしょ」
ぺぺぺと操作すると、空白の一枚に選んだアイシャが印刷され、取り出すことができた。そこにアイシャが“報告していい内容”を特徴的な丸文字で書いていく。
「男子とアイシャちゃんのクオリティの違いが酷い。こ、これを提出するんですかぁ?」
「そうそう……ん? これ……これも差し込んどこっ」
出来上がりを渡されたミドリは大いに困った。どう考えても報告書の体をなしていない。
「額に入れて飾っときなって伝えればいいよ」
「そんなあ〜」
「しかもやけに凝ったちんちくりんの絵ばかりが5枚だ。報告の内容も“男子は意外といい子たちかも”とか“ルミちゃんはすごい子”とか。これを、お前が書いたのだな?」
「その通りです(ああ、私は明日からニートかもぉ)」
ため息とともに頭をガシガシと掻いてどうしたものかと呟くバラダー。
「んん? 最後のやつだけ、これは──」
ベイルが何だこれは、と言うのも仕方ない。そこには居なかったはずの子どもたちが描かれていたから。
「ふんっ、つまりこれ以上の情報は得たくとも亜神に睨まれていて出来ないということか。奴らなら人の記憶でもいじりそうなものだが」
ドロフォノスはハッとしてバラダーを見る。それだけで納得したバラダーは
「その通り、か。大方あのちんちくりんがそうならないようにと手を回したのだろう。その剥製も、この報告書も」
剥製はアイシャの少しばかりの埋め合わせ。報告書は「こんな内容の無いものだったらあのデカ狐も何も言わないでしょ」と言って出来上がったものである。
「ならこの話はお終いだ。お前が無事だっただけでもあのちんちくりんに感謝しないといけないかも知れんが──」
そう言ってみたバラダーではあるが報告書の束を見てその気も失せる。
「俺は帰る。他に何かあればまた連絡をよこせ」
「承知」
「分かりました。けど局長、この報告書はどうしますか?」
「そんなもの好きにしろ。書類としての価値もない、切り刻んでゴミにでも──」
扉を半ば出た辺りでバラダーは振り返り、
「棚に額がひとつあったな。その最後の一枚だけはそれに入れて飾っておけ」
「局長、とうとう──」
「んなわけあるか。馬鹿でかい強化個体が俺の趣味で散財だと思われたらかなわん。それも置いておけばどちらも趣味の合わない貰い物だと言い張れるっ」
バラダーはそれだけ言うとバタンと扉を閉めて出て行った。
「なるほど、さすがは局長だ」
「そう、なのか?」
ベイルは何でも局長アゲなところがある。ドロフォノスには分からない。
「だってよ、他のは汚ねえ男子の絵とハイクオリティなあの嬢ちゃんのだが、嬢ちゃんのを飾ってしまったら訳わかんねえ報告内容もそうだが、嬢ちゃんの事を好きみたいだろ?」
ああ、なるほどとドロフォノスは手を打つ。
「その点、この最後のやつは報告内容もないし特定の1人じゃないアートみてえだ」
バラダーが指定した一枚にはアイシャだけでなく、サヤにフレッチャ、マイムにフェルパとカチュワ。それにリコとルミにタロウくんまでもが勢揃いして可愛く座っている内容である。
色々とぼかしてあるがこれは喫茶“ララバイ”のときの生クリーム事件であり、見る人が見ればところどころにあるそれと皆の笑顔の意味合いも変わってくる一枚だ。
そうしてアイシャの報告書は無事に受け入れられてドロフォノス──ミドリもお咎めなし。双頭の熊の剥製はのちに冒険者ギルドから博物館に寄贈され、それでも局長の部屋には小さいA4サイズではあるがチーム“ララバイ”のイラストがこの先も変わらず飾られている。
「それでだな、この嬢ちゃんの絵なんだが」
「ダメっ。これはベイルには刺激が強い」
さっとアイシャのイラストばかりをその手に回収したミドリ。
「なんだよ刺激って──んん? 今、声色が違ったか? あっ、おいっ」
つい“ミドリ”の方で話してしまったドロフォノス。誰も知らない彼女の住まいにはアイシャのイラストが飾られることになった。




