避けられるもの、避けられないもの
知力Eのアイシャは謎の声との会話なんてのはすっかり頭から抜けていた。
クレールに接触しないことが第一で絶対だった。丘を抜けてサヤの元へ最速でたどり着いたアイシャはそのまま仲良く帰路に着くことに成功する。
「──今日もパジャマパーティする?」
ダッシュでやってきたアイシャに、昨日の続きがしたいのだと勘違いしたサヤはすでに上気しているふうだ。ステップをいくつも飛ばして求婚してきた頭のおかしい初対面の男とは別ベクトルで急接近してくる幼馴染。
ここにも強敵がいたことにアイシャは戦慄した。というよりは自分の中でそれを求める気持ちがあることに、だ。昔からずっと一緒だった。その仲良しの延長はきっとおかしい話ではないはず……だけれど。
「ううん、あんまりいつもは出来ないからね。またそのうちにしようね」
アイシャは自制の意味でもどうにかそれだけ言ってやんわりと断ることに成功した。
「そうだね。アイシャちゃんのお昼寝はどうだった? 私も今日の夜が楽しみだよぉ」
顔を赤く染めて何を言っているのかこの幼馴染は。きっと普段のアイシャなら理解できはしなかっただろうその問いかけは、サヤがそうしたようにアイシャの中に答えはきちんとある。
顔が赤いのはサヤだけでなくアイシャ自身もそうだと自覚している。握られた手の形は例のアレで時折どちらともなくモゾモゾとしている。腕を引き寄せれば肩まで寄り添い、アイシャは「いい夢を見た気がするよ」とだけ答えた。
そんな日々が続いてサヤとはお泊まりもせずに、クレールとは直接の接触をせずに過ごしたその年の年度末。
午前中のお昼寝タイムにアイシャの脳内で“寝ずの番”の警報が鳴る。他の人に見られて困るのは寝ていない姿で、その人らはお昼寝館までの道を駆け上がるような“急”接近などはしてこない。
──してくるのはアイツだ。でもアイツはこの時間に、ここに来ることなんてあるはずない。
そこまで考えて最高学年であるクレールは今日でここでの生活を終えて出て行く日だと思い出す。他の学年より一足先に長い休みに入る、その日だと。
その最終日はクレールたちは通常のカリキュラムではなく、おかげでこの午前中のお昼寝タイムにだって来れるのだ。
案の定、起きた時にはすでにそこにクレールがいた。
とんでもなく息を切らしているのは今日でここを終えて出て行くということが、2人の約束である“お昼寝館でだけ”を守るならば会える最後だと分かっているからだろう。
「今日こそは……はあっ……相手してもらう……うぅっ」
「そんなにならなくてもいつでもサボって来れば良かったのに」
クレールは真面目で成績優秀、その学年において最強であろうとする彼がそれをしないこともアイシャは分かってはいるが。
(真面目すぎるのも考えものよね)
クレールのプロポーズを受ける気などないが、何度かは手合わせする事もあるかとは想定していた。
「一度だけでいい、俺の手の内も見せていない、今の俺がここでの集大成。ならばこの一度で敵わなければそもそも無理だという事だろう」
確かにアイシャは剣闘士というものの闘い方は一度も見ていない。それならもしかしたら楽しめるかも知れないなどと思い、顔を引き締めて普段にない真面目な顔でキリッと立ち上がったアイシャは、お昼寝タイムだったために銀ぎつね着ぐるみパジャマ姿であった。
「その恰好はその……たしかに可愛いんだが、それで闘えるのか?」
「……着替えるから少し向こう行ってて」
少し顔を赤くしたクレールの言葉にアイシャはキリッとした顔を崩さず答える。
パジャマでも闘えるんですよ。でもせっかくのパジャマが汚れますから。




