ある雨の日に
「雨、か」
空には分厚い雲が広がり、絶え間なく雨が降り続いている。
「おはよう、アイシャちゃん」
「おはよう。今日はいやな天気だね」
食堂で確かめた友情(愛情)はサヤの不安定なアイシャメーターをマイナスからプラスに転じさせたことで実際以上にご機嫌になっている。いつもは途中で待ち合わせるのを家に迎えにくるほどに。
「雨、止まないね」
「まあ、この空だし」
アイシャが玄関を出て傘を差す。ここまで濡れずにきたサヤも当然に傘を手にしているのだが開く素振りを見せない。
「どうしたの? 傘……」
「壊れちゃったみたい」
確かにサヤはさっきからボタンをカチカチさせているが、片方の手で傘本体を握っているものだから開くはずもない。
「サヤちゃん貸してみて」
ふふふ、ドジっ子だなあと微笑ましく見るアイシャだが、その目の前で傘が“くの字”に折れ曲げられた。
「だめね、壊れちゃったみたい」
さっきのデジャヴ? とアイシャはカタカタと小刻みに震えるのを抑えて
「じゃあ、私の予備の──」
「あ、時間がっ! 早くっ、早く行かないと遅刻しちゃうーっ。狭いけど仕方ないから一緒に入れてね! さあ、早くっ」
どうやらこの幼馴染は相合傘がしたくて小芝居をうったらしいと理解したアイシャは「最初からそう言ってくれれば」と笑い仲良くひとつの傘で歩く。しかしその内心は少し違って、そのためだけに傘を折り曲げる女の子はどれほどいるだろうかと戦慄していた。
「ママ、タロウくん2号だよっ!」
お昼寝館は大きな屋根で雨に濡れることもない。そんな丘の上はいま、ルミの魔術によって紫陽花が咲き乱れている。
「いや、タロウくんに申し訳ないよ。その子どう考えても乗り物としてはスピード不足でしょうよ」
紫陽花に囲まれたルミちゃんキャッスルには新たな住人のマイマイが何匹も群れていて、半ば占領されたような有り様である。そのうちの1匹をルミは騎獣としてテイムしたのだと言う。
「カタツムリ用の手綱って初めて見たよ」
「初めてってのは何でもいいものだよー」
心なしか気合いの入ったタロウくん2号だが、その歩みはどうしても遅い。後ろをついて行くタロウくん1号は一歩進んでは立ち止まるを繰り返している。
「ちなみになんでその子を選んだの?」
大した意味もない質問である。アイシャがどんなに見比べてもカタツムリの顔の違いは分からない。辛うじて殻の模様や大きさの違いくらいだが、ルミの跨いでいるその殻に特別感もないし、イケメンということもない。
「この子がね、1番速そうだったから」
アホの子の眷属はとんでもないことを言う。どれを選んだところで遅いのは確実なカタツムリの中から速そうなのを選んだ、と。
「どれも一緒じゃない?」
そしてアイシャは禁句を口にする。
「かっちーんっ! ママは何も分かってないねっ!」
「いや、何のこだわりがあるのか分かんないけど、そこは揺るぎない事実でしょう?」
はははと笑うアイシャにルミは両手を振りプンプンと口で言っている。
可愛いなあと和むのもここまで。悪戯っ子ルミはアイシャに挑戦状を叩きつける。
「ならその違い。身をもって知ってもらうわっ!」
「アーイシャちゃんっ」
弾むような声でこんな雨の中やってきたのはフェルパだ。ルミの服を新しく何着か作ってみたから待ちきれず部屋を抜け出してきたのだが……
「あれ? アイシャちゃん?」
立ち尽くすフェルパはお昼寝館にアイシャの姿を見つけることは出来なかった。




