帰ってきた日常
「全然帰って来ないからどうしたのかなって思ったよー」
「ごめんごめん、でもドロフォノスさんは連絡したって言ってたよ」
アイシャは大きなエビフライを口にして、歯で噛み切る。プリッとした弾力は噛む顎を跳ね返すかのようでアイシャは食堂の好きなメニューランキングの中でもかなりの上位にエビフライ定食を入れている。
「うん。それでも心配はしたよね」
サヤはサーモンムニエル定食を頼んでいて、脂の乗った身をスパイスの香ばしくも華やかな香りとバターの味わいが包んでいるこのムニエルが好きで日替わりに出てくる度に頼んでいる。
「まあ、ドロフォノスさんもいたし万が一も──」
「そっちは、ね。でもさ、そうじゃなくって」
サヤは好きなサーモンを口に運んでなんだかモヤモヤしている。その視界に不安の元が映ったからだ。
「あ、アイシャちゃん。その……一緒に食べてもいいかな?」
今回の探索行で一緒だったお猿さんことルッツとテオだ。良く見れば後方にトレーを持ったままのダンとハルバも見える。3人のお猿さんはともかくハルバの視線の先はサヤなのだが、お猿さんたちの登場に不満なサヤはサーモンを見つめて動かない。
「キファル平原のことで振り返って話し合ってみたいかなーって」
テオもおずおずとそう言うが、顔はすでに真っ赤なお猿さんだ。
「そうなんだ、大変だったもんね。じゃあ──」
返事をするアイシャはそれでも正面のサヤの様子に気づかないほどに鈍感ではない。いやサヤの事だからこそで男子相手なら何も気にかけることもないだろう。
「でもごめんね。ランチは女の子オンリーって決めてるからっ」
ショックで危うくトレーを落としかけたルッツのエビフライが宙を舞う。その先にはアイシャの顔があり──
パクっ。
見事にダイレクトキャッチしたのはアイシャのお口で、大きなエビフライを頬張るアイシャが
「ほへんへ、ははひひほっひほはへふ(ごめんね、代わりにこっちのあげる)」
ともぐもぐしながらアイシャの皿のエビフライをルッツの口に突っ込む。
サヤが声にならない声をあげて手振りで抗議するが時すでに遅し。断られてショックを受けたはずのルッツは目をハートにしてトコトコ歩き去り、機会を逃して涙するテオがその後をついていった。
「一緒に食べてあげれば良かったのに」
つれない事を言うサヤはぶっきらぼうな言葉とは違いその顔は笑みが溢れるのを堪えているようで、アイシャは正解の選択ができた事にホッと胸を撫で下ろす。
「だって、この時間はここに通ってからずっと──」
サクップリッとエビフライを頬張って
「サヤちゃんとの時間だもん」
「アイシャちゃん……」
お互いに差し出しかたく握りしめた手に2人の友情が確かめられたその向こうではハルバが羨む視線を寄越し、ルッツはテオとダンから小突かれていた。
「そういえばサヤちゃんは何か言おうとしてなかった?」
「あ、えっと……何でもない」
さっき愛情(サヤ視点)を確かめたばかりの相手に、男子と間違いがあったら、なんて言えない。それは不貞を働くようないけない考え。この幼馴染は間違いを起こさないんだ、とサヤはさっきまでの自分をダメな子と心の中で反省したが──。
男子を避けて幼馴染の女子と深く結びつこうというのが正しいのかどうかはサヤのみぞ知る価値観であろう。その後も卒業までサヤたちの華やぐランチは見えない障壁を展開してハルバたちを拒否し続けた。




