無視されるクレール
午前の終わりを告げる鐘でアイシャは目を覚ました。穏やかな陽気と香りが素敵な休息を与えてくれていた。
(なんて気持ちのいいお昼寝だったのか……それはきっとこのパジャマのせいよね)
アイシャとサヤが朝のうちに脱ぎたてを交換したパジャマには、幼馴染の匂いが染み付いている。
(そりゃ12歳とはいえ狭い布団で密着して寝てしまえば汗くらいかくよ。いや、汗だけのはず。そうするとサヤちゃんに渡したパジャマには私の匂いが……)
まだ昼休憩にもなってないうちのお昼寝の感想は一旦置いて、アイシャは頭の中に警報の鳴るお昼寝館を後にした。
今日も襲撃を回避した食堂でアイシャが合流したサヤは、午前中の汗を拭きながら「遅いよー」とアイシャに手を振っている。
「少し物思いに耽っていたと言うか何と言うか……」
お昼を注文して受け取る列でアイシャはちょっとだけ言い訳した。
「私もねー。ぼーっとしてて頭にコツーンってなったの」
「それは大丈夫なの?」
おでこをペタペタと叩いて笑うサヤにアイシャはちょっと心配してみせる。
「うふふ……痛かったけどアイシャちゃんに会えたら吹っ飛んじゃった」
昼食を手に座った窓際の席からはちょうどお昼寝館から出てきたクレールがアイシャからばっちりと見えて、それに気づいたクレールが手を振るが無視して鮭のムニエル定食を食べ始めた。
“お昼寝館以外は互いに不干渉”
これがアイシャとクレールが結んだ約束である。クレール自身その時は「ここに来れば会えるのだな」と言っていたがアイシャはそれには答えていない。
まさか毎回毎回、事前に逃げられるとは思ってもいなかった事だろう。窓を挟んで無視されたとしてもクレールとしては恥ずかしがる女の子として映り、会えない時間がクレールの意思をさらに強くさせる。
午後の自主トレあとのお昼寝タイムにはまた別の客が訪れた。この客には“寝ずの番”が発動しないからアイシャにとっても不意打ちになる。
「君はどっちなんだい?」
懐かしい声だと思った。突然現れては勝手に消える声だけの人。
「どっちってなにが?」
アイシャはこの客の質問が抽象的な事には細かくは触れない。どうせ勝手に話していつのまにか消えていくんだろうから。
「女の子か男の子か、だよ」
薄目を開けて見れば傾いた太陽を背にして、やはりシルエットしか見えない。
(相変わらずこいつのほうが男か女か、もしくは人間なのか……それにしても私のこの可愛い姿を見て疑う余地があるのかな?)
「昨日はずいぶんとイチャイチャしてたみたいだからさ」
たまらずガバッと起き上がるがそこにはもうシルエットさえなかった。
「覗きが趣味なの?」
「まあ間違ってはないけど、そっちに興味があるわけじゃないよ。経過観察の一環かな」
声だけの人に覗き被害を訴えても勝てはしないだろう。顔が赤くなるのを感じながらもアイシャは強気な表情を崩さない──ようにするので精一杯だ。
「つまりそういう事なんだね。まあ、お守りも使ってよね。“ディルア”と“アーリン”この2つを口にすれば使えるから」
この会話がはたして夢の中か現実か分からないまま午後の終わりを告げる鐘が鳴るのを聞いたアイシャは、なんだか大事そうな会話の終わりを確認する事もなく、シルエットだけの人物が去るよりも先に、ヤツが来る前にとさっさとお昼寝館を立ち去った。
よくある転生ボーナスとかっての?ハッキリとそれって言えるのはこのアミュレットだけですね。まあ、強力無比ですよ。じゃあそれで無双!なんてのにはならないかも。




