樹海を抜ける朝
出口までの道のりを花の絨毯で示されてからは一行は迷いなく進み樹海の外まで着実に近づいていた。それは男子ズがよく分かっていて、何故かその日は前日より早めにキャンプすることになった。
「今日は早いんだね」
「みんな散々歩いたからな、早めに休んで明日に備えようってことだよ」
ルッツのセリフをアイシャは疑わない。本当はこのまま進んで万が一にもキファル平原に辿り着いてしまえばアイシャのくすぐりの刑がなくなってしまうかも知れないと危惧したためである。
「アイシャちゃん、じゃあ行こっか」
「えっ、まだ食べたばかりで」
ルミはコテージを出して容赦なくアイシャを連行する。口から出まかせではあったが、場の空気がそれを良しとしアイシャも乗せられて承諾したのだ。ルミのイタズラ心に掛けるブレーキは壊れて作動する気配もない。
男子ズに見送られてコテージに連れられたアイシャ。扉が閉まると男子ズは素早くコテージの壁に耳を当てる。
「聞こえるか?」
「いや全然。このコテージ防音なのかも」
「魔術やしな。こりゃ無理か?」
「いや……聞こえるっ! 聞こえる(気がする)!」
「なっ? ほ、本当だ聞こえる(気がする)」
「あっあんって(聞こえる気がする)、一体何が」
逞しい妄想力で男子ズは幻聴を聞いていたが、彼らの想像力では中で行われていた事の1/10も補えてなかっただろう。
「おはよう、みんな」
今回はきちんと着ぐるみパジャマで登場したアイシャ。乱れた後なのか少し赤みを帯びた肌がルッツたちを中腰にさせる。
「その、酷かった?」
テオが何とは言わないがその感想を聞いてくる。他の3人はナイスっと心の中で叫ぶ。
「そう、ね。あんなの初めてだった」
思い出してまた赤みを増したアイシャ。
「そ、そうなんだ? ふーん」
テオはサッと離れて茂みに隠れる。
朝のお茶を淹れるルミ。手渡すルミがアイシャの太ももに着地すると「あっ……」と小さく声を出して軽く身を震わせるアイシャ。まだ抜けきっていない。ダンが脱落してハルバは目を閉じたまま無我の境地だ。
「美味しい……」
(なんだろ、アイシャちゃんから甘い香りがする)
ルッツはその香りが気になり少しだけ、ほんの少しだけ鼻を近づける。
「あ、やば……匂うかな? やっぱり。ちょっと、もっかいシャワー浴びてくるねっ!」
カチャンっと慌ててカップを置きコテージに戻るアイシャの後ろ姿は何かに耐えるようで少しぎこちない動きだが、腰をくねらせてとてとてと歩く姿は着ぐるみパジャマにそのシルエットを浮かび上がらせていて、とうとうルッツとハルバも脱落した。
「あいつらは何をやっているんだ?」
そんな様子をやはり小鳥の視点から見ていたドロフォノス。他のパーティは全て平原での狩りを終えて帰りの行程に入ったと知らせを受けたために今はアイシャたちだけを監視している。
「しかしあれから昼夜問わず魔物は現れず、か」
カーズくんはずっと出ずっぱりだ。お猿さんたちが欲情のチキンレースをしていられるのもカーズくんがちゃんと働いているおかげである。間違いなく樹海のMVPは彼であろう。
「魔除けもそうだが花の精霊。コテージに花の絨毯、謎の猿虐殺。あまりにも強力すぎるあれは、いち精霊の枠を逸脱してないか?」
それは遠目から見たところで分かるわけもないが、かと言って聞きにいくわけにもいかない。
「まあ、明日はこのまま樹海を抜けて昼前には平原に着くだろう」
それは予想ではなく確信。ルミの花の絨毯は樹海の中に限らず街道に沿ってキファル平原まで続いているのだから。
「花の精霊、その魔力の影響範囲が異常である、と」
そしてアイシャたちはこの日、ようやく目的地にたどり着く。




