もちろん私のはだめよ
男子4人は足元の草はもちろん木の根や苔なんかに悪戦苦闘しながらもどうにか前に進んでいく。そのあとをアイシャが通る頃には男子たちのおかげでまだ歩きやすくなっているが、そのためにルッツとテオが余分に足で踏みならしてくれているのをアイシャも気づいている。
「あの子たち、優しい子たちなのね」
「アイシャちゃんに対しては、だろうけどね」
「ん? そうなの?」
「はあ、報われないってのは辛いよね」
皐月の作品集を堪能したルミはアイシャが本来あるべきそちらに興味を向けることはないのかと思うとため息が出てしまう。
「ルミちゃん、方角はこれであってると思う?」
ルッツたちが踏みならしているお陰で振り返れば通った道が窺えるのだが、どうにも真っ直ぐではない気がするアイシャ。
「んー、少し右にそれてる、かな」
精霊たるルミにはアイシャたちとは違う情報も入ってくる。V字の右から左に行きたいのだ。それだとさらにキファル平原から離れていく事になる。
「教えてもいいんだけど」
男子たち3人はアイシャの言葉に耳を傾けてくれるだろう。けどあの仲を牽引しているのはどうもダンのようで、アイシャはあまり良く思われていない。ここで3人がアイシャを支持したところでダンは意固地になってさらにどうしようもなくなるかもしれない。
「そんな面倒はいやだなあ」
興味ない男子のつまらない感情やプライドなんてものに煩わされたくないアイシャ。それならいっそ終わりまで走らせてからどうにかした方が気は楽だ。
「なあ、ダン。本当に道はあってるのか?」
「その道が間違ってたから道のないとこ歩いてんちゃうのんか。合うてるも合うてないも突っ切るしかあらへん」
「でもよ、もう2時間は歩いてるぞ」
そう、アイシャたち5人はしっかりと遭難している。樹海の端っこをちょっと横切るつもりが、どんどん中央に寄っているのだ。
「もう日が暮れる、これ以上は無理だ。場所は悪いがここら辺で今日は休もう」
さすがのダンもハルバのこの提案には頷かないわけにはいかない。なんせ少し先の景色さえももう闇に呑まれそうになっている。
「あっ! アイシャっ」
いち早く気づいたテオが弓矢で迎撃する。テオの放った矢はアイシャの背後にいた猿の魔物に突き刺さるものの倒すには至らず猿は去っていった。
「ありがとう、テオ」
「いやあ、はは……」
アイシャもいちいち矢で撃たれるのも気が休まらないために4人のそばに行く。
「照れてる場合じゃないぞ、テオ」
ハルバは背中の槍を手に構えて辺りを警戒する。
「猿の魔物とか。パンフレットには書いとらへんやんけっ」
ダンも剣を抜き構えて見せる。口だけではないダンの実力は同じ剣士適性のルッツよりも上だ。
「そりゃあそのパンフレットに書いてるのはキファル平原の魔物だからな」
ルッツも剣を抜き油断なく構える。テオは弓を持つか腰のナイフを持つかで少し迷っている。
「ルミちゃん、灯り出せる?」
「いいよっ、そーれっ!」
あくまでも精霊のチカラを借りてするスタンスのアイシャ。ルミが魔力を放てば鬱蒼と茂る木々に蔦が巻きつきそれに淡く光る房が実っていく。
「お昼寝士の精霊“は”役に立つやんけ。おかげで見えやすくなったわ」
ダンが珍しく褒めたのは枕女ではなくその精霊。
「でもおかげでどうにかなりそうだよ」
少し離れたところまで視界を確保できたテオは弓を持つ事にしたらしい。
みんながお互いの背を預ける形に五角形を作るがアイシャの向く方だけはみんなの不安が拭えない。今もこのお昼寝士は枕を大事に抱えてその手には謎の木の棒を持っているのだ。木の棒には細い細い糸が繋がっていてその長い糸は地面に落ちている。
「アイシャちゃんの方はルミがどうにかするからっ」
その言葉に4人は少しだけ安心した。謎多き精霊だがこの中で1番何とかしてくれそうだから。
「本当はママがどうにかするんだけどね」
「ルミちゃん、よろしくね」
周囲を囲む猿の数は分からない。樹海は街の治安維持の範囲外。魔物の数はそれなりにいる事だろう。
「ほんなら、いっちょ揉んだるかっ!」
「おっぱいをっ⁉︎」
「「いいのっ⁉︎」」
「んなわけあるかあっ!」
ダンが意気込み、アイシャが過剰反応してルッツとテオのお猿さんコンビがマジかと期待して再びダンが吠えた。
「はあ……」
結果、開戦の合図はハルバのため息であった。




