アイシャちゃんにはまだ早いから
「そうなの。ほらこんな事もあったんだよ」
「うわっ! なにこれなにこれ。誠司さん、好き放題しすぎじゃない?」
「やめて、ルミちゃんその話題で私のことを前世名で呼ぶのやめて。罪悪感が、半端ないっ」
ルミは皐月のスケッチブックを見せてもらっている。それはいつか誠司もチラッと見せてもらい、もっともっとと催促された“アレ”を描いたものだ。
「でも誠司さんは今は女の子だからいいと思うの」
「そうそう、誠司さんは今は女の子だもんねー」
「だからっ、皐月ちゃんも悪ノリしな……2冊目っ⁉︎」
きゃっきゃとはしゃぐ皐月とルミはそのイラスト集を次々とめくり続けその度に誠司が、必死の言い訳を繰り返す。
「あ、この間のだ」
「この日なんて本当──ルミちゃんは神よ、ルミ神」
月下香とルミペッティングのあの夜が出てきて誠司は改めて他人から見たらこんな事になっていたのかと驚き、一緒に眺めている。
「ちょ、皐月ちゃんこれだけで何枚描いてるのっ?」
「うーんと、12枚?」
「筆はやいなぁっ!」
しかし先ほどから見てきたその絵がいつからか起こした変化に気づき誠司は首を傾げる。
「皐月ちゃん、ちなみにこれって」
「あ、分かる? 筆とかじゃなくって──」
皐月の持つのはタッチペン。サラッと描くのを観察していると、スケッチブックは幾つものレイヤーを活用したデジタルなあの板のように機能が拡張されている。
「これで私の表現力はさらに増したのよっ!」
もはやここにシャイガールはいない。好きな事の話になると途端に饒舌になり、活発化する。
「ここの濡れ具合とかマジ?」
「マジ、です。私なら夜の暗闇でも見放題。寝ることもないから──この日の誠司さんは朝まで悶えていたもの。12枚じゃ少ないくらいよっ」
次々と現れるアイシャの痴態。ここに男はいない。誠司と呼ぼうがもう女の子なのだ。誠司はその名で呼ばれながら自身の女の子の身体を見せられどう反応すれば良いかもはや答えなど出てこない。
「なんだか打ち解けちゃいましたね」
大興奮した皐月は、一応の満足をしたのか改めて自身が普通に話せている事を他人事みたいに言う。
「そうだね、普通に話せているもんね」
「ありがとうございます。それでなんですけど──ここでなら私と誠司さん、いえアイシャちゃんは」
皐月がずずいっと誠司に近寄る。
「交われる、と」
その手が触れようとするのを誠司は止める事が出来ない。その先を、夏服姿の皐月とのその先を期待している自分がいるから。
「──と思ったんですけどね、ここは夢と現実の入り混じった世界。触れる事は出来てもなにも感じないからダメなんですぅ」
口を尖らせてぷんぷんする皐月。じゃあさっきのくすぐられて転がっていたのは何だったのか。そんな疑問はあれど、自分同士の絡みを避けられて微妙な心持ちの誠司。
「──なので、改めて“ありがとうございました”。私を助けようとしてくれて」
「皐月ちゃん……」
「私、本当はね……あの時、抱きしめてくれた男の人に、それはほんの一瞬の事だったんだけど──きっと恋をしたの」
真っ直ぐに見つめてくる皐月の目に映っているのはアイシャの姿ではなく誠司の姿だろうか。
「それで身体も落ちちゃったけど恋にも落ちちゃったの」
「なぜそういう言い回しにしたの? せっかくしてくれた告白がギャグみたいになっちゃったよ」
少しだけ誠司がドキッとしたのは内緒だ。
「ふふ。だって、今も恋、してるから」
「え? 男の誠司さんに?」
ルミはその辺が良く分からなくなってきた。
「ううん。女の子の誠司ちゃんに」
「ややこしいなあっ」
誠司にも分からなくなってきた。皐月は笑い
「元々女の子が好きなんだもの。おかげで男の誠司さんに、よりももっと──誠司ちゃんに、恋しているわ」
それから皐月の想いを聞き、誠司が受け入れて、これからもよろしくとその話は終結した。
「つまり皐月ちゃんと誠司ちゃんは付き合うわけ?」
皐月はズバリそんな事を言われてモジモジしてしまう。
「ややこしいっ! 私たちはそもそも一心同体。おはようからおやすみまでどころか夢の中までも、それこそ死ぬまで──」
そう、死ぬまで離れず一緒に。
「末永く、よろしくね? 誠司ちゃん」
「あー、ところで月のモノの話なんだけど」
「誠司ちゃんは男の人だったから、分からない? それもおかしな話だけど、要は生理よ」
ルミがズビッと言い放つ。
「生理……」
「まあ図書館に訪れた謎はこれで──」
「私、生理来てない……」
指を立てて得意げに話すルミは、アイシャの告白に「そうなの?」と答えてから、
「妊娠した?」
ルミが訳の分からない返事をして皐月が顔を塞いできゃーきゃー言っている。
「するわけないでしょ。そもそもの生理ってのが来てない」
「まあ、遅い人もいる……のか、な? 皐月ちゃん何か知ってる?」
まだ手で顔を覆ったままの皐月は答えない。
「知ってる、よね?」
指の隙間から覗く皐月はプルプルと震えている。
「私のママがっ、せいしちゃんがっ、孕めるか孕めないかの分水嶺なのよっ」
「ちがっ……私はせいじだあっ」
ルミが壊れかけている。アイシャの身体の変化、ことそういう内容を皐月が把握していないわけがない。
「アイシャは、まだ子どもでいいかなって」
「え? 何を言って──」
誠司は皐月の独白に固まる。
「と、止めちゃった。あと何年かは来ないようにして」
知らないうちにとんでもない事をされていた誠司。
「小さな、女の子が好きだから、その……」
「まさか、私の成長まで?」
誠司は胸を押さえて驚愕の表情。
「あ、身長はその、そうなんだけど、胸は……その必要もなかった、かな?」
夢と現実のミックスされた世界に誠司の叫びがこだました。
─後日─
「うっ、お腹が──まさか、これがっ」
皐月にはどうにかしてと懇願してみたものの「ど、どうにかは出来……ないかも」などと言われたものの、どうやらちゃんとしてくれたのだと安心してアイシャは便器に腰を下ろす。
「普通にうんこだった」
「アイシャちゃん、そういうものじゃないんだよ……」
アイシャの大人の門はまだ閉ざされたままだった。




