先日はどうもありがとう。
「察しのいい人なら、もう、わかっていると思うの」
警戒する2人はどこからともなく聞こえる声の主を探す。
「だから、私は──」
その先はあまりに小さく消えるような声で全く聞こえない。
「恥ずかしいなら物語の読者に語りかけるみたいな演出なんかしないでいいのに」
本棚のあった辺りが雲の柱みたいになっていて、そこに隠れていたのだろう、今は恥ずかしさのあまりにしゃがんだ『彼女』がはみ出ている。
「この人がママの」
「そう、同居人」
カサカサっとしゃがんだままに這い寄り長机の対面から頭頂部が覗く。そろそろと上がっていく頭は眉が見えて大きな二重の瞳がこんにちはしたところで止まり、ルミを見てまた引っ込んだ。
「思っていたよりずっとシャイね」
「今回はルミちゃんもいるから」
「ははは、はじめましてっ!」
声だけが挨拶をしてくる。『彼女』はすっかり長机の下に収まってしまったらしい。そんな子はルミの格好の餌食になるのがオチだ。
「ひゃっ⁉︎ ひゃんっ⁉︎」
飛び上がり長机に頭を打ち付け、転がり背中に手を入れてブラウスの胸元に手を入れ、スカートをまくりペタペタとあちこちを触ってもう一度長机に頭を強打して泣いてしまった。
「ご、ごめんって、ね?」
今度はルミが慌てる番。シクシクと泣く『彼女』はアイシャとは違い繊細な様子で、さすがにやり過ぎたと謝っている最中。
「それにしても──」
アイシャは先ほどのやり取りを見て思ったことがある。
「実体があるのね」
ルミはシャイガールを引きずり出そうとあちこちをくすぐって回ったのだ。つまり夢の中でだけで出会えるだけの存在と思っていた『彼女』に触れることが出来た。
「ここ、は。私の世界だもの」
まだ泣き止みはしないものの、アイシャの疑問に答えてくれる。
「あなたの世界?」
「そう。いつもあなたの中で完結している私の世界を押し広げるとこうなる」
落ち着きを取り戻した『彼女』はまたくすぐられると困るので観念して椅子に腰掛ける。
「“ザ・ドリーマー”は夢の中の世界を無理やり現実に干渉するスキル」
「夢?」
それでもシャイな『彼女』は俯き加減で横を向いてモジモジしている。
「うん。私の場合は存在が不安定だから。いつも雲の上。寝ることもないからこんな感じに雲まみれになるだけ」
「それでなのか」
アイシャが『彼女』と会っていたときはいつもお昼寝館であってお昼寝館ではなかった。
「で、今回は?」
「月の説明は精霊に任せる。私は──」
チラッとルミを見て慌てて視線をそらす『彼女』。
「お礼を、言いに来たの」
「……なんの?」
『彼女』がお礼を言うようなことと言えばそっち方面しかないだろう。
「とっても良かったって……そこの性霊さんに」
「ちょっ⁉︎ なんか今違ったことない⁉︎ なんか響きが卑猥だった!」
アイシャも察しているが、まあまあと宥めてプンプンするルミをどうにか落ち着かせる。
「私はお礼を言われることなんてしてないと思うんだけど」
「ううん。そんなことない。私とアイシャは同じ身体……アイシャの悦びは私にも──」
「はいっ! はいはーいっ! 私もやっぱり何か違った気がする!」
微妙なニュアンスの違いが文字ならともかくイントネーションでも分からないだろうに、アイシャまでもが抗議して今度はルミが宥めていた。




