夕陽と彼女たち
春の日差しは優しくアイシャを照らしている。ルミちゃんキャッスルの雨除けのためにリフォームされたお昼寝館はそんな日差しを全て防いでしまう。
なのでアイシャはその屋根の上にベッドを乗せてお昼寝する事が増えた。絶好のロケーション。空を見上げるアイシャの視界を塞ぐものは何もない。
「あれ? お昼寝士はいないのか?」
久方ぶりにお昼寝館を訪れたのはクレールの弟アルスだ。いつかクレールの家にアイシャを呼ぶために訪れた以来だ。そう、その時にはアイシャにバレていた。
アイシャとのスキンシップを楽しみに絡みに行っていたスケベ心を封印して過ごしていたのに、先日優しくされて肩に触れた時から胸のドキドキが止まらないのだ。ついでに股間の方もついにその時を迎えて今や完全なサルである。
そんなアルスの訪れに当然気づいてはいるが、アイシャはこの至福の時をどうでもいい男子に邪魔されたくなくて無視している。
「ん? なんだこれ……お昼寝館がデカくなったと思ったらこんなジオラマが──」
お昼寝館のそばに造られてあるルミちゃんキャッスルに気づいたアルスは、お昼寝士の趣味を知って近づくきっかけになるかと思い覗こうとしたのだが、その頬を火の玉がかすめる。
「どわあっ⁉︎ なんだ? なんだ?」
突然の襲撃に慌てて周囲を見回すが当然誰もいない。正確には人のサイズの存在がない。
「まさか、このジオラマから……?」
アルスが改めてルミちゃんキャッスルを見ると、城壁と思われる大理石造りの壁の所々に穴が開いていて、その一つから煙が上がっている。穴の奥に見える筒は紛うことなき砲門である。
ドンっ!
「うひゃぁっ」
今度はそことは離れたところにある砲門から火の玉がアルスを襲う。
「いま、なにか──」
タタタッと城壁の中を走り抜ける何か。その先から次の弾が撃ち出される。
「なんだ? 小人? ……あ、例の精霊か!」
正体を見抜かれたルミは壁から顔を出して
「全砲門、放てぇーっ!」
走る姿はフェイク。ルミが魔力で操作すれば20門ある大砲全てから一斉に火の玉が射出される。
「ちょっ! や、やめえええええ」
この大砲、割と痛くて熱い。その気になればルミの魔力の続く限りに撃ち続けられる一斉砲撃はお昼寝館にやってきた盛りのついたお猿さんを撃退してみせたのだ。
「ママの貞操は私が守るよ」
ルミはタロウくんの背中に跨りそう宣言する。
「もちろんタロウくんもねっ」
心通わせる2人はアイシャの事が好きで守られもするが守りもしたい。高らかに勝鬨をあげる2人に守られてアイシャは安らかなお昼寝を続けている。
「アイシャちゃん?」
そんなお昼寝館に顔パスで来れるのは“チーム・ララバイ”の面々。その筆頭でサブリーダーと目されているサヤが東屋の上で寝るアイシャの元を訪れた。
「サヤちゃん? どうしたの、訓練は?」
寝ぼけ眼をこすりながら返事するアイシャ。
「いや、見てよこの綺麗な夕焼け。もうみんな帰る時間だよ」
サヤが言うように日はとっくに傾き、辺りはオレンジ色に染め上げられ、遠く街の彼方の海のある方へと沈んでいくところである。
「はあ、春はついつい気持ち良すぎてやっちゃうなあ」
「春に限らないとも思うけど」
それもそうだね、とアイシャ。
どちらも言葉を続けることなく、夕焼けに染まる街を眺めている。大きくなった東屋はアイシャのお昼寝から日差しを奪ったが、こう屋根の上に登ればそれまでとは違った視界が楽しめるものだ。
「綺麗、だね。本当に」
沈黙を破ったのはサヤである。その横顔にはなんだか憂いのようなものが窺える。
「サヤちゃん、どうかしたの?」
幼馴染のいつもの元気さを感じられない事にアイシャは何かあったのだと知る。
「──私、強くなれないのかなって」
膝を抱えて夕陽を見つめる幼馴染。女の子だからそんな必要はないよ、と喉元までそんな無責任な言葉が出かかったがどうにか飲み込んだ。この世界で職業に男女の差はない。好きなことをすれば良い。大抵は適性に従ってその通りに育つが、そこに至るまでには悩み、迷うこともあるだろう。
「フレッチャちゃんも魔弓術士なんてのになってるし、カチュワちゃんもすんごい守りが硬いし剣も使い出したし」
アイシャが贈った弓と盾だ。そういえば努力の子サヤにアイシャはそういったものを贈っていない。壁にぶつかって立ち止まっている姿を見た事がないから──。
ついでにいえばマイムはアミュレットを、フェルパは水鉄砲という名の兵器を贈られている。
サヤは剣神が見守る武道館で頑張ってアピールするも特別な事を言われる事は無かった。
フレッチャの弓を讃えても、カチュワの守りに驚嘆しても、サヤの剣捌きには“並”以上の感想は無かった。そんな日々を過ごして少しずつ不安が募り、ここにアイシャを探しにきて2人きりになったことで弱音が出てきたという事らしい。
「アイシャちゃん。私──」
そんな幼馴染がいま、周りと比べて秀でたものがないと立ち止まってしまったのだ。
「サヤちゃん。サヤちゃんはとても頑張っているよ。弱くなんてない」
夕陽がサヤの涙を優しく照らす。
アイシャはサヤの肩を抱き、その頬に自分の頬をピタリとつける。楽しい時も悲しい時も2人はそうしてきたのだ。
ピタリと重ねるそれが頬だけで無くなっても別におかしくもないだろうか。
この日、2人はそのまま夕陽が沈むまで屋根の上で一緒に朱に染まる街を眺めて過ごした。




