アルス、私と付き合ってよ(空耳)
「お昼寝士は剣神の孫娘」
「何それ」
初日の午前は例の剣神の話題で持ちきりであった。とりわけアイシャがあのおじいちゃんの孫娘だという話で、だ。それをサヤが食堂のテーブルで向かい合うアイシャに呟き聞かせていた。
「みんな噂してるよ。そりゃあんなとこでおじいちゃんと孫娘を演じてたらそうなるよ」
ルミもあちこちからそんな話を耳にしている。ママであるお昼寝士が寝ている間をルミも寝ているわけではない。ルミキャッスルのお手入れも忙しいしタロウくんの散歩にも付き合っている。
「あれは──さすがにアルスがかわいそうだったから」
私しか止められないと思って、と言いながらアイシャはハンバーガーをバラしている。そんなアイシャたちのテーブルに近づく影はもちろんアルスだ。
「あ、あのよ。朝はその……ありがとうな」
「どういたしまして」
「んぐっ⁉︎」
しおらしく謝りにきたアルスの口に押し込まれた緑はアイシャの苦手なピクルス。この世界では市民権を勝ち取っているばかりかハンバーガーにおいて異様な存在感を醸し出すピクルスはアイシャには不要なものだ。
「あー、またあーんしてるぅ。アルス君がまた照れてるじゃないの。そういうのは私にしてくれればいいの」
嫉妬するサヤには付け合わせのポテトを口に入れてあげる。それだけでこの幼馴染はご機嫌になる。
「べ、別に照れてなんかねえよ」
今年で11歳になるアルスも色々と本格的に意識しちゃう年頃なのだがこのマセガキがアイシャの興味の範囲外な事にこの弟も気づいていない。
「けどあれは一体何だったんだろうなって」
アイシャもそれは気になっていた。剣士を極めてその先にある頂点に上り詰めたとしても剣が関係なさそうなワザ。
「ねえ、アルス。ちょっと手を出して」
「うん? こうか──って」
アルスが出した両手を取り自分の肩に乗せて手を添えるアイシャ。シチュエーションは謎だがアルスが赤面してサヤがまた嫉妬する。ただそれも一瞬のこと。
「いっ⁉︎ 痛っ!」
慌てて両手を引っ込めて、その上でアイシャから手を離したことに若干の後悔を覚えるお年頃アルス。
「い、今のはなんだよ? バチってきたぞ⁉︎」
アイシャはピクルスを追放したハンバーガーをモグモグしながら考えている。
「ん──。ちょっと違ったのかな。前にマイムちゃんからやってもらった事(130話)の応用なんだけど」
あの時電気が流れるような感覚を覚えたアイシャはアルスの腕、それも肘の一点に向けてそれをしてみたのだが。
「思ったよりも抵抗が強いっていうのか」
ううん、違うなぁと首を振ってみせて
「もっと繊細で力強く、なのかも。ねえ、アルス。ちょっと腕が外れるまで付き合ってくれない?」
唇のソースをペロリと舐め取る舌にアルスはあらぬ想像をしてしまうが、すんでのところでどうにか踏みとどまった。
午後のアイシャはお昼寝館にはいなかった。いつもなら嬉々としてお昼寝に勤しんでいるはずのこの時間に武道館の見学へと訪れていた。
「おじい」
「ん? おお、アイシャちゃんか。どうしたのじゃ? こんなところに」
聖堂武道館の現状がどんなものなのか。この街の生まれではない剣神は今はまだその状況を確認しているところだ。
「んー。さっきは悪かったかなって」
少しだけ意地悪のつもりが、この偉いはずの老人を衆目の中であんな威厳が砕け散るような状態に追いやってしまったことにアイシャは少しの罪悪感を覚えていた。
「ふぉっふぉ。そんなことかの。気にせんで良い、ワシも手っ取り早いとはいえ確かに配慮が足りなんだ」
「そう、おじいは優しいのね」
アイシャは許された。ならもう何も気にしなくていっかと口にした“優しい”発言はおじいを天にも昇る想いにさせる。そのへんの機微に疎いアイシャはこうしてこの年寄りを籠絡してしまう。
「それで──どうするつもりなの?」
聖堂武道館にいる“ララバイ”のメンバーは、サヤとフレッチャとカチュワだ。もしとんでもないスパルタなどされればアイシャはまた“おじい嫌い”を発動させる心づもりだ。
「どうも、かのぅ」
だがその返事は何も具体的なものなどなく、それどころかやる気があるのかすら疑わしい。
「こんな年寄りに何が出来るものか……ただの孫娘可愛さに崩れ落ちる老人と見られるのがせいぜい──」
やっぱり気にしてんじゃないの、とアイシャは思う。
「ろくに目も見えぬじじいに何が──」
これにはアイシャは口を挟む。
「何が盲目よ。きっちり見えているし、年寄り? そこらの人よりもとんでもない身体しているじゃない」
武道館では食後にも関わらず訓練に励む子どもらが汗を流し濡れたシャツが身体に貼り付くのも構わず素振りを繰り返している。アイシャはその中から有望株を目で追いかけてインプットしている。
隣に立つ老人がその瞼を開き白く濁った眼で見つめている、そんな中で──。




