【番外編】エピソード0 彼女と『彼女』と彼女たちの祝宴
打ち寄せる波は丘を駆け抜けて地響きを彼方まで轟かせる。
「任せるのですっ! “アース・シールドッ”」
パーティ最硬のタンクが龍の盾を構えてスキルを発動させると、迫り来る魔物の波の前面に巨大な断崖を生じさせその進行を止めてみせた。
「空からもっ!」
「なら私の出番だなっ。“サウザンド・アローッ”」
人間族としては最高峰とも言える魔弓術士の鍛え上げたスキルは既にこの世界においてエルフでさえ及ばない。空から迫り来る鳥も竜も見事貫かれて墜落するか失速を余儀なくされる。
「わ、わたしも!」
ひときわ小柄な少女は決して戦闘職ではない。ではないが、想い人より贈られた兵器を操りアース・シールドで隔てられた向こうへと砲弾の雨を降らせる。瞬間火力においては1番だろう。
「あたしも、やる。“レイン・ストーム”」
パーティ唯一の純粋な魔術士が降らせる雨には確かな質量がある。雨と言いながら属性を除けばこちらも降り注ぐ矢か銃弾にも等しい。
「お、おい。壁が水の勢いで崩れて──雪崩れ込んでくるぞっ」
「──てへっ?」
「来るっ!」
その時突如として殺伐とした戦場に流れたのは心安らぐメロディ。金属の弾けるような独特の音は指定した対象だけに効果を及ぼす子守り歌。動き出した波は抗い難い眠気に襲われ再びその歩みを遅らせる。
「全く……反則だよなあの子のそれは」
「でもおかげでっ! やあぁっ!」
剣士の少女が放った飛ぶ斬撃は魔物の波に届き両断していく。その波の背後にまたしてもアース・シールドを発動させて今度は退路を塞いだタンク。
「一気に畳み掛けるのです」
何も盾だけじゃない。その手に持つのは優しき親友の盾と魔剣。高い物理ステータスを全面に出して特攻を仕掛ける。
「私も!」
剣士も負けじと追走する。弓が先行して魔物たちを射抜き2つの斬撃が次々と魔物にとどめを刺す。
「そう。あたしもやっていいのね」
魔術士は初撃こそやってしまった感があったが流れるメロディはそんなものを失敗とは呼んでいない。むしろもっとやれと鼓舞するかのようだ。あくまでも主観だが。
魔術士の握るアミュレットには肌を重ねた彼女の祈りが込められている。それだけで魔術士はその力を高めてみせ、降り注ぐ雨はさらに硬質化した槍と化す。
「わ、わたしも次弾装填っ──発射っ!」
大きな弧を描き弾は魔物たちの後方を蹴散らしていく。すでに魔物の波は散り散りになり、あと僅かといったところ。しかしここに来てその中央に現れる巨大な影。真っ黒な人型はその存在を疑うほどにリアリティがない。しかもそんな謎の敵は何やら丸く黄色い球を大事そうに抱えているではないか。
「あれは、やれるか?」
「厳しいね。人間族もここまでかな?」
普通の個体であれば広域殲滅も各個撃破も出来るがあの巨大な魔物に通じるものかは分からない。それにあの手にした球体。その曲面にまっすぐ縦に引かれた線がまるで切れ目のように見えるのが、その中に何が詰まっているのかと嫌な想像を掻き立てる。
最悪の未来さえ想定する彼女らの後方。宙に浮かぶ一艘の船。前後に揺れるそんな船に乗ればたちまちのうちに酔ってしまうだろうと思わせるその先端に彼女と『彼女』はいる。
「あの子──本当に規格外すぎだな」
「まあ、あの子だから仕方ないのです」
「だから安心して挑めるのよ、あたしたちも」
「わたしもそうでないと戦場になんて出れないもん」
「そう。あの子が私たちの──」
船の先端に立つ『彼女』が腕を振るえば巨人はその膝を地面につけ苦しげな表情を見せる。それでも球体の割れ目は地面に垂直になるように抱えられている。
そして彼女がその船─ゆりかご─から飛び出して宙返り一回。
振り下ろす脚は全てを両断する踵落とし。頭の先から股までを球体もろとも真っ二つに切り裂いてその脚が地面にクレーターを作れば戦場には美しき白百合が咲き乱れた。同時に割られた球体からは無数の風船と共に“祝200回記念”と書かれてゴテゴテに飾られた巨大な帯がはためいて空に昇っていく。
「私はみんなを守るためになら──全力全開で暴れてみせるよ」
あとには仲良し6人組の賑やかでどこか艶めく談笑が響き渡った。
「起きて、アイシャちゃん起きて」
「ん……むにゃむにゃ。あと5分だけ……」
「それ絶対起きないやつじゃん。ほら、私たちの番だよ」
「あれ? さっきのは……夢? 200回とか、まだ始まってもないのに?」
その日は8歳を迎える歳の子どもたちを集めて生誕の儀が行われる大事な日。いつかあるかも知れないそんな夢を見て彼女は新しい人生の新たな一歩を踏み出す、はず。
アイシャちゃんの見ていた夢のお話。そんな超展開になるのはまだまだ先のことではありますが(本当にあるのか?)。




