喫茶の打ち上げが酒場というのはどうなんだろうか
「今日は、お集まりいただきありがとうございます!」
少女たちにはまだ早いギルドの隣の酒場を貸し切って挨拶をしているのは、我らがアホの子アイシャである。
「先日の喫茶店はみんなのおかげで大成功を収めることが出来て、その収益は少し大きめの家が建てられるくらいとだけ伝えておきます」
貸切の酒場に集まったのはチームララバイfeat.リコの面々にベイルとマケリ、魔術士エルマーナに精霊術士エスプリもいる。バラダーは王都のため欠席である。その他大勢の中にはクレールとショブージの姿もあり、お互いに健闘を讃えあっている。
「プレミア価格のついたベッドは残念ながら売れませんでしたけども、それでも余るほどの利益をここで還元したいと思い貸切パーティをさせてもらいました!」
金なんてのは持ちすぎると身を崩すというのがアイシャの信条。ほどほどに苦労しないくらいでいいのだ。子どもが手にするには大きすぎる金額はこうして振る舞うことにした。
アイシャの使用済み生クリームベッドは汚れた事を理由に下げたのだが、実際は一部の好事家たちがオークション形式で金額を吊り上げていき最終的に聖堂そのものを買えそうなくらいの金額がつけられて怖くなったアイシャが販売を中止したのだ。
これにはショブージがゴネるかと思われたが、彼は『そのような神聖なものを手元に置くわけにはまいりませんね』などと口にしたために決闘に勝利したにも関わらずその購入の権利を放棄したことで全て白紙となり少女たちの淫らな舞台は再びアイシャのストレージへと保管されている。
そもそも決闘で勝利した方が買うなどというのはロリコン2人だけの勝手な取り決めではあったのだが。
「みんなグラスは行き渡りましたか?大人はお酒を、子どもはノンアルですっ。ええ──おほんっ。この度は……」
「長いよっ、アイシャちゃんっ!」
「そうだぞ、それに今同じ話を繰り返しそうになってたろ」
壇上にサヤとフレッチャが乱入してアイシャのスピーチを打ち切る。やり始めたものの緊張しているのが丸わかりだったからこその助け舟。
「じゃんじゃん食べて飲もうよっ! 乾杯!」
「「「かんぱ〜いっ!」」」
強引なサヤの音頭で始まる宴会。酒場にはメニューの端から端までを並べてどんどん補充されていく。参加しているメンバーも誰が誰だか分からないほどに集まり管理などされていない。食べて飲んで出た者もいれば途中から入ってくる者もいる。要は謎のお大尽による気まぐれな酒場の無料提供状態のようなものだ。
夕日も沈み夜も更けてきてやがて何のパーティだったのか分からないような時間は終わりを迎える。
「今日は楽しかったね」
「そうだね。みんなのおかげだよ」
「アイシャは今日はそればかりだな」
アイシャとサヤ、フレッチャはいい気分で出て行く人たちをひと通り見送ったあとだ。“ララバイ”の他のメンツもそれぞれの理由で順番に帰ったあとに残ったのは店の人とこの3人だけだ。
「サヤとは聖堂教育の初めからだったけど、私がアイシャに出会ったのは銀狐狩りの時だったな」
「私を囮にしたあの時だよね」
「率先して寝たはずだけど──」
パーティのホストをしていたアイシャたちはあちこちの輪に顔を出していて、今やっと自分たちの会話ができたところ。こういう場ではだいたい決まって馴れ初めの頃の話が始まったりするものだ。
「その時にはまさかここまで関わり合うなんて思わなかった。謎多きお昼寝士だし、闘えないし」
「そうだねー。まあ、私は幼馴染だからずっと一緒にいたいしこれからも──」
3人ともがお互いを大事に思う仲間。ここに居ない“ララバイ”の他のメンバーももちろん同じである。共に過ごし、共に成長し合う。
「これからも、か。気づけば闘えないお昼寝士がチームリーダーでたった1日でとんでもない売り上げを記録するんだから」
「喫茶で赤字なのにお昼寝士の技能で作った寝具その他で黒字だもんね」
1日でそのお金を使い切ったわけだけど、と笑って呆れる。
「この冬ももうじきに終われば──最後の1年なんだよね」
「うん」
「ああ」
アイシャは以前にも少し思ったことではあるが
「無事に卒業、しようね」
しんみりとそう口にする。前世では退屈な高校を卒業出来ずに終わったアイシャ。それはアイシャの中の『彼女』も同様で、今回喫茶店なんてのをやりたいと思ったのは『彼女』もそういった未練があるのかもしれない。
(あんたも私と一緒に卒業しようね)
サヤとフレッチャだけではない『彼女』にも心の中で語りかける。答えは返ってこないがこの暖かな気持ちが伝わればいいなと思うアイシャ。
「普通は卒業出来ないなんてのはないんだぞ?」
「そうそう。15の年まで通えばみんな働くんだから」
「あ、そーなんだ」
どうやらここにも小さな常識の差が生じていたようだ。
「まあさすがに8年間ずっと寝てばっかりだったらダメな可能性もあるのかも知れないね」
「アイシャちゃん、卒業してね?」
「あ……うん。頑張る。頑張って……」
どうやらアイシャだけが不確定のようでひとり励まされる。
「──頑張ってお昼寝を極めるよ」
「ふふ、なにそれ」
「アイシャらしいな、まったく」
短い3学期は終わり、春を迎えればアイシャたちの聖堂教育も最後の1年となる。例年の最高学年の生徒が迎えたのとは違う、まともではない1年が始まる。




