とんだ茶番
ノームはその視線を外さない。アイシャの中を見通すかのようなその視線を。
「おまっ……地龍なんぞ聞いてないぞ」
どうせつまらん秘密でも抱えているのだろうと思っていたバラダーもそれには驚きを隠せない。
「あれは、あれは私は関係なくてルミちゃんに会いに来たんだもん」
サヤが編んでくれた頭の2つの輪っかはバラダーに握られており逃げることも叶わない。ルミは「たしかにそうね」と呟き会話のバトンを受け取ってくれた。
「地龍様は私のお願いを聞き届けに来てくれたの」
「ルミちゃんの?」
「花の精霊のお願いってなんだ?」
すごく無難に収めてくれそうなルミにアイシャはやり過ごせると確信して拳を握るがバラダーはしっかりとその手を見ていてその意味も分かった。
「──山向こうの雪人族がこの人間族の街に雪を降らせるのをやめさせること」
それこそはルミが1人立ち向かったものである。その結果として追放されたルミは死に、生まれ変わったのだが。
「それはつまり人間族は、この街は魔族の侵攻を受けていたということか?」
バラダーも信じられないといった風にルミの言葉の意味を考える。その手は決してアイシャの髪の毛を離しはしないが。
「そうです。少し前からやけに冷えていたりしなかったですか?」
「そういえばそうね。去年も今年も珍しく雪まで降ってたり、おでん屋台なんてのも出るほどに」
「おでん屋台、ねえ」
バラダーは知らない。知らないが“屋台”といえばこの手の中のちんちくりんだと知っている。だがそれは流石に関係ない。
「私は人間族に侵攻するのなんてやめてと、祈っていたのです。そしたら地龍様がそれを叶えてくださって」
だいぶ端折ったがバラダーたちにはそれで充分だ。エスプリもノームに尋ねているようだがそれ以外の情報は出てこないようだ。
「ノームちゃんもそうだって──その場に、たまたまその場にアイシャちゃんも居合わせたわけ?」
「おい、何か隠しているのは分かっている。さっさと吐け。情報が足りん」
エスプリの疑問ももっともでバラダーの追求はアイシャのバカな挙動のせいだ。
「わた、私はなにも」
「ママ、あのね─」
ルミは小声でアイシャに伝える。
「ノームがポケットの中身かアイテムボックスの中身を見せればあとは纏めてくれるって」
ノームの提案。アイシャが隠しておきたい事柄をもうひとつ吐き出せというもの。もともとこの精霊がエスプリにチクらなければこんな事にはなっていないのだが、この状況になってのこの提案に「ノームはなんていい子なのかしら」と単純に喜ぶアホの子。
しかしどちらか、というのは何故だろうか。それは単純にどちらもノームに関わりの深いもので、バラダーが追求するに値する秘密だと判断したからだろう。
ではその上でどちらを出すか。ポケットの中の光るトカゲをすでにバラダーは知っている。そのトカゲの秘密となると、必然その正体だ。それは避けたい。だから実質選択肢なんてのは最初から無かったのだろう。アイシャはストレージから鷲掴みにした光るミミズを4匹、テーブルの上に並べた。
「お、おい。これはなんの冗談だ」
「いやー、光るミミズって珍しいなって拾って来ちゃった」
「待ってよ、みんなノームちゃんじゃないのよ。この子もこの子も……ああ、それぞれに顔つきも違うのね。大きさも」
バラダーの手はアイシャの髪から離れてテーブルの上のノームたちに釘付けだ。エスプリは今日の日報にノームたちのスケッチをするのに手が忙しい。
「え? ノームちゃん、なになに? これこそが地龍様に認められた証?」
「どういうことだエスプリ」
ノームが上手く纏めてくれる、らしいその会話を始めたようだ。
「確かに。アイテムボックスに精霊は入らないわ。え? 上位者の権限で可能? それは地龍様……その権限を委ねられた者? 委ねられた──って」
確かに纏まりそうな気はしたがアイシャは口に含んだ紅茶が唇の端から垂れていくのを止められず、カップを持つ手は震えてさざなみを立てている。
「地の精霊はこの者の命あらばそれに従い仕えるものとする、ですって──」
「お前はどこで何をしたらそうなれるんだ」
「私は何も知らない。そんなことアイツ言ってなかったし、なんならその子たちを捕まえたのは地龍に会う前なのにさ」
カップを置く手が震えて鳴らす音だけがしばし部屋に響いていた。




