お披露目
新学期を迎える前にベイルに汚されたアイシャ。「もうお嫁に行けない」などと泣きまねをしているとお尻を叩いていたのは実はマケリで“それはもう楽しそうにやっていたぞ”とベイルがバラしたためにこの3人の人間関係が壊れてしまいそうな顛末を迎えた日の翌朝。
「あれ? アイシャちゃん、せっかく伸ばしてたのに切っちゃったの?」
「いや、そうじゃないのよ。聞いてよ、このあいだ──」
3学期の初日のこと。朝から先日の出来事を語るアイシャにあいずちを打つサヤは仲良く通学路を行く。アイシャの肩で頷きながらちょくちょく補足したりするルミも一緒だ。
アイシャの話は聖堂にたどり着き裏手の共通教育棟の教室に入り席に着く頃にやっと「──ベイルさんのツノが落ちて真人間になれたんだよ、めでたしめでたし」と途中からベイルの面白冒険譚に変わっていて最後は美談みたいに締められた。
「じゃあ、その花の精霊ってのが、そこの……」
「ルミっていいます。よろしくお願いします」
休み中、もしくは休み明けには何かをやらかしているアホの子。そのアホの子が首の後ろだけ短くした変わった髪型で歩いていると思えば肩に二本足で立つ銀色の小さな狐がいたのだ。アイシャはこれまでにない人だかりの中心にいつのまにか囚われていた。
「完っ──全に忘れてた。ギルドに認められたからもうそれでいいと思ってた」
この世界に数多ある適性のうちに“精霊術士”というものがある。魔術士枠ではあるものの、数の少ない彼らは精霊の力を借りて魔術士よりも強力な魔術を行使できるのが強みだが、そのためには精霊と繋がりを持たなければならない。だがその精霊と巡り合う事が難しくそれはほぼ運によるものだ。適性が精霊術士とされた時点で大概は他の道を勧められるほどに。
そんな精霊を見たことのない人が多いのも当然で休み明けにそんなものを肩に乗せたアホの子は一躍人気者となりもみくちゃにされたのだ。
「まあそれでギルドの特Aの件も合点がいったよ」
「特A? なにそれ。スナイパーか何か?」
「ベイルさんのね──」
アイシャの両脇に残った長い髪を使ってサヤが両側に大きな輪っかを編んで遊びながらギルドの貼り紙の件を話す。
「まあ、ルミちゃんの悪戯のせいなんだけどね」
「私はスムーズに話が進むようにと思ってしたことよ。結果として細かなことを追求されることもなく認められたわ」
「まあ、たしかにうやむやに終わったね」
細かなこと、というのはルミがどこから来たのかとか花の精霊っていうのが何なのか(ルミにも分からない)、そしてルミの元の正体などである。経緯をすべて話すとなるとやはりそのルーツが魔族であることからになる。いよいよややこしくなって今のこの状況は実現し得なかっただろう。
「こんなに可愛い精霊さんなら人気者になっちゃうのも分かるなあ」
サヤはルミの事が気に入ったみたいだ。着ぐるみが自分とお揃いのそれだと知ってキャッキャしている。そういえば……とアイシャはそのルミの服を頼んでいた相手に出会っていないことに疑問を感じた。
いつもならとっくに現れていそうな午後のこんな時間に、しかもアイシャから頼まれごとをしたフェルパが新学期の初日に来ないなんて事があるのだろうか。
「ねえ、サヤちゃん。今日ってフェルパちゃん見かけたりした?」
「え? フェルパちゃん? 見てないなぁー、そういえばなんだかお昼前にクラフトの方で人だかりが出来てたような」
「それだっ!」
もしかしたら。アイシャはフェルパに何かあったのかと走り出す。
「あっ、待ってよママー」
「追いかけるよっ」
お昼寝館から走って行けば共通教育棟の前を横断して反対側にクラフト系の作業棟がある。サヤの言っていた人だかりはもうないみたいだがザワザワとしているのが分かる。あそこはいつも静かだ。アイシャの不安が何かあると告げる。
フェルパはそこにきっといるはず──。




