Time to die / I'll be back
ルミとアイシャの静かな時間が流れる。
同族には言えない、けれど誰かに伝えたい事を伝えられて一応の満足を覚えた魔族の沈黙となんかいい話してたはずだけど頭の中には謎の放屁親方しかいないアイシャの気まずさからの沈黙がこの洞窟内の野原で流れる水の音を際立たせている。
もちろん話を聞いてない時なんてのはざらにあるアイシャは、ルミの表情を真似てさも“聞いてましたよ”的な雰囲気を出す小技をすることを忘れていない。
「人間族は魂って信じてるのかな?魔族はね、死んだ時にふわっと魔力とともに空に昇っていくのが見えるんだよ」
「空に、(親方が)昇って……」
「それがいつか回り回って帰ってくるんだって信じられてるの。でも私はその時には──」
ルミの顔に悲壮な表情は微塵もない。
「人間族に生まれ変わりたい」
ルミの体が光に包まれていく。魔力が漏れ出て魂とともに昇るのだろう。月の光に満ちたすずらんの光もそれに呼応するようにポロポロとこぼれて浮かんでいく。
アイシャはそんなルミの目をまっすぐに見返して、手を取り、
「その時には私も会いにいくからね」
「さすがにそんなに早くは生まれ変われないよ」
真面目くさったアイシャの別れの言葉にはルミも困った顔で、笑顔だ。さっき出会ったばかりの2人の別れの演出にはいささか過剰ではあるかも知れない。けれどルミはそのおかげで晴れ晴れとした気持ちで逝くことができる。
「ありがとう。アイシャちゃん──」
そう告げたルミは肉体だけを残して空に浮かんで──すずらんの花のひとつに吸い込まれてしまった。
「え?」
アイシャも思わず困惑の声を漏らす。ルミの魂(仮)を吸い込んだすずらんの花は、そのひとつだけを異様なほどに膨らませていく。爆発でもするのかとアイシャは離れて耳を押さえてしゃがみ、様子を見る。
すずらんの花はソフトボールくらいのサイズにまで膨らんだかと思うと、爆発することなく地面にそのひとつだけを落とした。
「な、なに。時間差で爆発とかしないでよねっ?」
アイシャは恐る恐るすり足で近づくが、その歩みは亀よりおそい。
アイシャが到達するよりも先に、転がった花が向きを変えて開いていく。アイシャの跳び下がる動きは先ほどまでの比ではない。あっという間に10mほど離れたが、もちろん爆発はしない。
ビクつくアイシャはまだまともにその中を見れていない。なので話しかけてきたそれがなんなのかは目視出来ていないが、すぐに誰なのかは分かった。
「あ、あのアイシャちゃん……私、『谷間の姫百合』の精霊に生まれ変わったみたいなんだけど、どうなってるのかな?」
そのすずらんはアイシャの魔力に反応して咲いたらしい。ルミの覚悟の旅立ちをインターセプトしたのはその花で、大体妙な現象についてはアイシャのせいである。アイシャにも自覚はちゃんとある。
「えっと……人間族じゃなくってごめんね?」
アイシャのせいで花の精霊に生まれ変わったルミは見た目には生前のそれだがサイズはうんと小さくなって手のひらサイズでしかもマッパだ。
「服とか、どうしよう──」
不思議な現象なんて数えればキリのない世界かも知れない。たとえそれが自身の身に降り掛かろうとも。
飲み込みのいいルミは現実を受け入れて、とりあえずは目の前の問題に頭を悩ませていた。
すずらんといえばあの小さな花を思い浮かべます。それに光が灯ればきっと綺麗なんでしょうね。
鈴蘭はランではなくユリ科のようです。リリー・オブ・バレイ=谷間の姫百合ちゃん。百合の精霊ですね。百合……その辺はまたいずれ。
あとは君影草という別名もあるとか。葉の陰に隠れるように咲く花はアイシャの中の誰かさんのようですね。




