フィッシャーマンアイシャ
「なんて硬さなのよっ」
アイシャはストックしていた岩トカゲをひとつ捧げて折れた脚を治す。便利さに慣れて怪我を恐れずに思いっきり蹴り上げたが、まさか砕けるとは思わなかった。
「ぐぬぅ……」
完治はしている。システム万歳と叫びたいくらいに喜ばしいものだが、まだ脳は痛みを記憶しているようで立ち上がれない。
その間も岩大トカゲは釣りを楽しんでいる。長い舌はカエルを思わせるがその細さはオオアリクイか何かのようで、速さはヤゴが捕食する時のように目にも止まらないスピードだ。
座ったままのアイシャはその捕食能力に驚嘆しつつも、綺麗な湖面から覗く水中の様子に思わず息を呑む。
「お魚パラダイスじゃない、ここ」
トカゲがよほどに釣り上手なのも確かではあるが、これだけいれば餌を垂らしているだけでも魚が手に入るだろう。小さなものから大きなものまで透き通った水の中を優雅に泳いでいる。
「あんた、どうやってそんなに釣るのよ。教えなさいよ」
どうせ見向きもされず蹴っても無視されるのなら、と目の前のレジャーに興じることにしたアイシャ。ストレージの中にはそれなりの木片と糸はある。肉もあるが針がないためにアイシャの知識で釣りを成功させるにはいたっていない。
そんなアイシャの問いかけに岩大トカゲはチラと視線を寄越して長い舌をヒュンヒュンとゆっくりしたスピードで振り回して水面を叩いてみせる。
よくよく考えれば舌に針などついていないのだ。長い舌をしならせて魚を狙う動きは釣りでは真似出来ない。
「なによ、その動き。もっかい見せてよ」
ジト目の岩大トカゲがやれやれといった風にリクエストに応える。
「ふむふむ……ちょっとスピードあげて……もう少し……なるほどなるほど」
アイシャも伸ばした糸を振り回してみるが上手くはいかない。トカゲはそんなアイシャに教えるように隣で振り回し続ける。
「うーん、あれ? あんたそれ魔力で動かしているの?」
アイシャが自分に絡まった糸をほどきながら見れば、フレッチャの弓で見た魔力の動きに似たようなものが岩大トカゲの舌を包んでいるのがわかる。
「なるほど、そういう魔力の使い方もあるのね。私にわかるようにしてくれたの? あんた意外といい人ね」
アイシャの言葉に“べ、別にそんなんじゃねえや”と照れるような素振りを見せる岩大トカゲ。
やっと釣れた魚を串刺しにして焚き火で焼き、岩大トカゲとシェアして「ありがとう」と伝えるアイシャ。
「魚をこうして焼くのってありがちだけど、鱗の処理って必要だったのね」
鮎や山女などと同じつもりで焼いた魚は鱗だらけで苦労したが岩大トカゲも普段口にできない味に満足したらしく、その場に寝そべってお昼寝を始めてしまった。
「また私のことを無視するんだなんて怒りはしないよ。あんたもお昼寝が好きなんて、きっと私たちは似たもの同士なのかも知れないもんね」
腹が満たされたから眠る野生と同じであることに疑問なんて抱かない。この場に人間と魔物がいて争いが起こらないならそれもいいんじゃないかとアイシャは枕を取り出して岩大トカゲにもたれてお昼寝をした。




