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異世界で女の子に転生した彼の適性はお昼寝士 新しい人生こそはお気楽に生きていくことにするよ  作者: たまぞう


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夕陽と男女

 太陽は傾きそろそろ街がオレンジ色に染まり始める時間だ。


 アイシャは朝日も夕日も好きだ。薄暗い時間帯というのは起きていても不思議ではないがそれを意識して目を瞑るのもなかなか良いものだとアイシャ独自の感性で捉えている。


 普段ならこの時間はもうサヤと帰り道をてくてくしている頃なのだが今日は違う。


「サヤちゃん、ごめん。今日はちょっとだけ居残りがあるから先に帰ってて」

「お昼寝士の居残りって何⁉︎」


 理解ある幼馴染で良かったとアイシャは心底思う。あれからもサヤはクレール先輩のことは何も聞いてこなかった。




 幼馴染を先に帰してまでお昼寝館に戻ってきたアイシャは静かにその時を待つ。いまもアイシャの“寝ずの番”が小さく警報を鳴らしている。


 それでなくともアイシャは足音で気づいていた。力強く地面を踏み締める足音は昼間よりもゆったりとしているが、どこか慎重さを感じる。


 まるで丘の上に続く道のどこにアイシャがいても見落とすまいと注意を払いながら近づいてくるような足音。


「やっぱり来たね」

「そんな! 待っててくれたのか⁉︎」


 感極まったかのように駆けだすクレール先輩をアイシャは両手を広げて迎え入れた。




「先輩は人気者だったんだね」

「それは嫉妬か? 俺の心はすでに君のものだよ」


 東屋の下で座るアイシャと何度目かの宙を舞い屋根の上で仰向けになっているクレールの会話は微妙に噛み合っていない。


「なんでもここで1番強いとか」


 アイシャにとってはそこが1番困るところだ。正直好きだ好きだとまとわりつかれるのも面倒極まりないが、投げ飛ばした相手が強者である事が問題なのだ。


「俺は剣闘士の適性を認められて今まで鍛錬に励んできた。正直ここの武芸者たちに負けることは無い」


 アイシャからは見えないが頭を下に向けて大の字にノビている男子が言ってもキマらない。武芸者などと大層に言ってはいるものの、そこに大人は含まれておらず、子どもたちのなかでという意味でしかない。この先輩は少し気取った物言いをするフシがある。


「そう……そこがね、困るのよ」


 3つも年上の、最強と名高い先輩を下すというのは、ただ強いなどというものではない。戦いにおいて全く役に立たないであろうお昼寝士の適性を盾にここで寝て過ごす日々を勝ち取ったのに、このままでは毎日汗臭くしのぎを削る群れに放り込まれるかも知れない。


 鍛錬に飽きたら寝る。陽射しが心地よければ寝る。舞い踊る蝶々が可愛くて寝る。雨の日は寝る。風の日も寝る。


 アイシャの適性をもってしても、そんな自由を彼らの領域で勝ち取ることは難しいだろう。


 アイシャの切実な想いだ。


「俺を投げ飛ばした君がここで1番を名乗るのも構わない! だから俺と─」


 屋根の上でクレールが言い切る前に屋根に登ってきたアイシャが隣に座る。クレールは赤く染まる横顔が綺麗だと思った。


「それが嫌なの。どっちもだけど1番強いなんてのが絶対にいや」

「なぜ……?」


 1番を目指して過ごしてきたクレールには分からない。彼にとっては同世代に負けるなどあり得ないし、ずっと歳の離れた教師陣にも、聖堂教育を終えて大人の仲間入りを果たしたなら同じ歳になるのを待つことなく勝ってみせると決めている。


 その自分が、頭に血が昇っていたとはいえ、それでも戦闘態勢にあった自分を真っ向から打ち破った女の子が、強さを求めないなどと。


 アイシャはクレールの問いかけに答えることなく、予定していたお願いを口にする。


「だから食堂でのことは誤魔化して。協力してよ。その代わり……今どうこうは無理だけど、先輩が聖堂教育を終えるまでに私に勝つことが出来たら結婚してあげるから」


 それはクレールにとっては魅力的な提案であった。もとよりアイシャが言うまでもなく、負けた相手に負けっぱなしなど我慢出来るはずもなく、褒美が無かったとしても直近の目標として打倒アイシャを掲げ邁進し、その時には求婚のやり直しをするつもりであった。


 もちろんアイシャも負けるつもりなんてない。このみんなが騒ぐ先輩にもやはり惹かれるものなどなかったから。だがこの世界はアイシャが生きていた前世とは違い、妙なシステムの上に成り立っている。


 もしかしたら、万が一、或いは、という展開もあるかも知れない。そういう期待がほんの少しだけあるアイシャの提案。


「分かった。約束する。俺は君に勝って君を迎えてみせる」


 顔も視線も合わせず、夕陽に赤く染まるアイシャの顔が照れているそれだと勘違いしたクレールの宣言。


 言質をとって、とりあえずの面倒を回避できたと判断したアイシャはもうクレールに用はない。別れも告げないままにさっさと降りていってしまった。


 太陽が地平線に沈むまでに帰りつかないと出来たての晩御飯にありつけないのだからと、全力ダッシュである。




 ひとり残されたクレールは


(女の子の照れ隠しというのも良いものだな)


 いつからか黄色い声援と熱烈アピールしか受けてこなかった彼はそっけないアイシャの態度に勝手に勘違いしてはまっていった。



好きな子に、真っ直ぐアタック出来る強さって羨ましいです。玉砕したあとを引きずらなければですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに真っ直ぐアタック出来る強さって羨ましいですけど、それは眠っている幼女を不意打ちで殴るクズ男でなければの話です。。。
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