誘いの灯火
薄暗い洞窟。照らす橙色の光。にじり寄る岩トカゲ。
「あれ? 今のやつ……うわ、何これ紫色とか」
アイシャが蹴って仕留めた岩トカゲはその体色がこれまでの灰色ではなく、紫色をしていてその外殻も刺々しい見た目になっている。
それほどには明るくない道を歩くアイシャの背後から迫る岩トカゲを“寝ずの番”の検知で知り、仕留める。この辺りのヤツは獲物の死角から襲うタイプらしい。正面からくるヤツは皆無だ。
さっきから何匹も紫色の岩トカゲを仕留め続けたアイシャの脚は血が流れて皮膚の色も黒ずんでいる。
「なんだか、気持ちが悪い。寒気もするし……脚も変だなぁ……って何この色。絶対やばいヤツじゃん」
アイシャは急いで今しがた仕留めて転がっている紫岩トカゲに手をかざして
「捧げる」
そう呟くと紫岩トカゲは光の粒となってアイシャに吸い込まれていく。すると過去の経験則の通りにアイシャの脚の傷は見事に癒えてその色も元通りだ。
「これはあれね。打撲か骨折だったのね」
明らかに毒を持ってますな色の岩トカゲの毒のせいなのだが、アイシャにはそんな知識もないし、前世の記憶にもない。その後もやはり毒に侵されるが同じようにして問題なく先へと進んでいく。
「緑とか赤とかも割とレアよね。もう詰められるだけ詰めとこうか」
腐食の緑も、出血の赤もアイシャをほどほどに苦しめてコレクションに加えられる。気づけば通路の終わりが見えて大きな空間に巨体が映る。
「ふぅ〜ん……会えると思っていたよ。前よりもちょっと大きい気もするけど、カチュワの盾の強度がどれほどなのか、教えてよね」
その広間は地底湖の畔とでも表現されそうな場所で、アイシャの体感で東京ドーム4つ分くらいかなといったところ。
「東京ドームは見たことない田舎民だけどね」
天井の高さなどは軽く10mは超えるだろう。アイシャにはどれくらいなのかと測る勘はない。
そんな空間に棲む岩大トカゲは前よりも濃い鈍色をしていてその体高も5mはある。正面を向いていた岩大トカゲとアイシャは既に目が合っている。しかしトカゲはアイシャを睨みつつも動かない。
「相手の出方を伺う知能くらいはあるってことなのかな。案外強敵なのかもしれないね」
アイシャは前回のような猪突猛進タイプならどうとでも出来ると思っていたが、もしかしたらそうではないのかも知れないと認識を改める。
そして岩大トカゲの前脚が上がりアイシャもいよいよかと身構えたが、そいつは向きを変えて湖にトカゲのものとは思えない程に長い舌を伸ばして魚を取り、食べ始めた。
アイシャはトカゲがハマチほどの大きな魚を食べる姿を2匹3匹と眺めていたが、やがてトカゲにとってはこのちっぽけな身体は食物にさえ認定されなかったのだと思い至り、一気に沸点に達する。
「だれが“ちっぱい”だあぁっ!」
モンスターがそんなことを思うわけもないのに完璧な被害妄想で叫び突進するアイシャ。怒りに任せてトカゲの横っ腹を思いっきり蹴り上げた脚は、脛のところで砕けてアイシャに激痛を与えた。
「あいだあああっ!」
勝手にキレて勝手に脚を折って泣き叫ぶちんちくりんと魚に夢中な岩大トカゲの戦いの火蓋が切られた。




